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河内

2009年12月25日 (金)

平野区のJR平野駅というものは?

大阪市の市域の変遷を見ると、最後の変化は昭和30年に周辺の郡部を編入したのが戦後に一回ある。現在の平野区の東部、それに鶴見区の東部になるだろうか。どちらも分区したもの。平野区は東住吉区から分割、城東区から分区したのが鶴見区になる。

戦後の郊外化の流れは、よくよく考えてみると、大阪の位置を落とし京都や神戸などの周りを持ちあげる東京の誘導に引っかかった面もある。それに都市の性質の認識が不足していた。

何事もそうであるが、都市も階層構造を持っている。重要なものほど都心部にある。経済活動にしても管理機能が重要である。都心の求心力こそ重要であるが、多分に意識的な面がある。とうぜん大阪圏においては大阪市内が地価も高く、もっとも価値があるとみるのが常識的であるが、住環境に価値観をおいた場合は必ずしもそうではなかった。大阪市域が狭いのもあって、郊外化を加速させて郊外田園都市などが持てはやされた。

昭和40年代、50年代あたりまでは大阪は郊外化によって通勤圏は拡大し、住宅地は奈良県から果ては三重県の名張や兵庫県の三田あたりの及んだのだった。

大阪において、大阪市域は全部市街地のような認識が持たれているものの、平野区などはまだ郊外的要素を残している。広い駐車場を持つSC(ショピングセンター)のないのが大阪市内の認識になるけれども、平野区には無料(一定時間)駐車場を持つSCがいくつもある。

地下鉄谷町線の沿線にもあるが、JR平野駅の北口にもイオンSCがある。ほとんど一階建ての平屋の平べったい建物などは大阪市内では珍しい。

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私が子供時代から不思議だったのは、JRだと天王寺の次の駅が平野だった。なんと!たったのひとつ目の駅。「べつに不思議なことあらへん?」と思われるかもしれない。

しかし、しかし、南海軌道線の平野線だと、終点平野はJRと駅が近いのに天王寺から駅が何個あるかわからんほど。まあ、南海平野線は廃止になって、同じルートで地下鉄谷町線が走ってるけど、地下鉄でも最寄りの駅となると、流町にある平野駅まで5個はあるよね。

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平野駅北口は橋上駅のバリアフリー化の工事中

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このJR関西線(今は大和路線ということ多い)はそういう意味で面白い。柏原駅という駅もある。すぐ東側には近鉄大阪線の堅下駅というのがあるけど、鶴橋まで12個くらい駅がある。近鉄南大阪線の道明寺だと阿部野橋まで14個ある。

関西線は昔は駅が少なかった。東部市場だの志紀だのなかったから、客車の列車だと各停でも停車駅は「平野」「八尾」「柏原」と三つ目だった。なにせ湊町から東京行きの急行「大和」が出ていた。

ながくなるので、続きは次回にします。

昨夜、ビデオにて撮影した

大阪百景:御堂筋イルミネーション2009

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