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近畿

2010年6月22日 (火)

大阪圏、街ランキング

マンション販売・仲介業の長谷工アーベスト(東京都)は21日、関西の住みたい街ランンキングで西宮北口駅(阪急線、前回4位)が初の1位になったと発表した。
産経新聞によると、駅名・沿線は以下の通り。


1.西宮北口/阪急

2.千里中央/北急・大阪モノレール

3.宝塚/阪急・JR

4.梅田・大阪/阪急・JRほか

5.天王寺/JRほか

6.岡本/阪急

6.夙川/阪急

6.難波/南海ほか

9.三宮/JRほか

10.高槻市/阪急

近畿2府4県在住のモニターが回答。再開発への期待値はJR大阪駅開発PJや北ヤード開発が進む梅田エリアが95%でトップ、近鉄が高さ300mの超高層ビル建設を進める天王寺・阿倍野エリアも87%で、ランクを急上昇させた。などとしている。

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同種の調査としては、これまでにない傾向を示していたので取上げました。
皆さんはどう感じたでしょうか?

梅田、難波など、大阪ターミナル地区が上位に顔を並べているのは、住みたい街とは必ずしも言えない面もあるので、街の人気度といえるかもしれません。
人口の都心への回帰、近畿の大阪への集中も確かにあるので、そうしたトレンドの現れた結果ともいえそうです。

2010年2月23日 (火)

続、ナンバーの考察

山城ナンバーにはびっくりさせられたが、悪夢は現実とはならないように思える。よく考えてみれば、大阪の隣接府県はすべて一県一ナンバーということ。兵庫県は広いのと、姫路ナンバーは隣接していない。大阪の影響を考えると、事実上兵庫県も一ナンバーになっている。

この意味を考えると、関東や中部は逆になっているので、やはりあえてそうしてあるように思えてきた。京都府、奈良県、和歌山県とすべてナンバーは県都と一致した名称にしている。わかりやすく拠点性が強調されるナンバー名といえる。

京都府を例に例えれば、「山城ナンバー」ができたり、日本海側には「舞鶴ナンバー」ができたりすると、「京都ナンバー」が少なくなってしまう。京都ナンバーはできるだけ多くしておきたいと考える。私にはそれが霞ヶ関視点に見える。大阪のまわりにナンバーが増えると、県都の印象なり拠点性のイメージが減じるということではないか。

それに、どの府県も大阪ほどの影響力がない。府県という枠組みにくくられているにすぎないので、県名一致のナンバーにしておいた方が、各地がバラバラに大阪と結びつく心配もない。

前回書いたように、じっさい関東では東京都のナンバーよりも、千葉県などのまわりの方が種類が多い。まわりはバラバラにしておいた方が、結束力が弱まりすべてが東京のベッドタウン一色に見えるのではないか。これは広い関東に空港は羽田一つに集中させるのに似ている。その裏返しが大阪になるようでもある。

国政といえども、結局はすべての目標は、大阪を意識したうえでの大阪弱体化政策といえるのだが?

それと京都で思い出したが、東京の京都マンセーについて、私なりの結論を書いておきたい。以下にNHK「その時、歴史は動いた」から引用

 『日本の首都は、京都か大坂か、それとも江戸か?幕末の最終局面、都を京都から移そうという、大胆な計画が打ち出された。その行く先は、私たちが常識のように考えている東京(江戸)ではない。大坂であった。
 この大阪遷都案を画策したのは薩摩藩士、大久保利通。大久保の遷都構想は、17歳の若き天皇を、平安朝以来の京都の保守勢力から引き離すことで、新体制のリーダーとしての成長を促すと同時に、天皇親政の新たな近代国家が誕生しようとしていることを、国の内外にアピールするという、画期的なものだった。・・・
 幻に終わった、大久保利通の大坂遷都計画とはどのようなものだったのか?そして大久保はどのようにして、未曾有の大改革となる「東京遷都」を成し遂げていったのか。その背景の知られざるエピソードを紹介しながら。遷都が日本にもたらしたものは何だったのか考える。』

様々な書物でも語られる東京遷都劇であるが、じっさい京都人をだまし討ちのようにして、東京遷都は実現された。その後ろめたさが東京にはあるのではないか。せめてもの罪滅ぼしが京都マンセーになる気がする。でないと京都も大阪同様の扱いだと、それこそ東京は鬼畜生以上になって、全国から批判が集中する。

関連の写真はあまりないけど、東海道57次のひとつ「枚方宿」の写真、京阪5000系電車

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それに、高槻方面の写真

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2010年2月20日 (土)

考えさせられる車のナンバー

私事になるが今週、親戚で不幸があって、和歌山県でのお葬式に参列してきた。

通夜・告別式の通しの参列であったのだが、久しぶりに会う人や初対面の人たちとも挨拶を交わした。地元の人以外、多くは大阪周辺にお住まいの人たちだった。

みなさん車で、豊中・川西・宝塚・大和高田といったところから。

ナンバーを見ると豊中は「大阪ナンバー」大和高田は「奈良」、あとは全部「神戸ナンバー」だった。

当り前だが、宝塚も川西も「神戸ナンバー」だ。近畿地方はナンバーが少ないので兵庫県だから神戸ナンバーと思う人もいるが、これは官僚の思うツボにはまっているから。関東では必ずしもそうではない。

ところで昨夜浅い眠りについて、明け方近く悪夢を見た。いまだに夢かまぼろしかさだかでない。

『京都府のナンバーに「山城」ナンバーが追加された夢だった。実施は今日からと言ってた。不合理なことに、奈良や大阪ナンバー地域でも山城に変更があると言ってた。』恐ろしや。

閑話休題、神奈川県は横浜ナンバーばかりではないし、千葉県も千葉ナンバーとは限らない。基本は陸運局・検査登録事務所の所在地の地名になる。千葉県のナンバーは「千葉」「習志野」「野田」「袖ヶ浦」「成田」「柏」。船橋市や浦安市は習志野検査登録事務所管轄で「習志野」ナンバーになる。つまり狭域地名にするか、広域地名を採用するかもあるが、登録事務所が習志野市であれば、有無をいわさず習志野ナンバーとする傾向といえる。

兵庫県の場合は県庁所在市の広域地名を採用して、その管轄地域を西宮市・宝塚市・川西市・尼崎市・伊丹市と広く広域阪神間としている。もうひとつの「姫路ナンバー」は西部及び日本海側までの管轄となる。

なぜ、回りくどいことを言ってるのか? そこに官僚の意図が隠されているからといえる。

神戸ナンバーは官僚にとって、とくに意識されるナンバーといえる。全国同じ基準でやりたいのだが、神戸ナンバーは不合理の限界に達している。

神戸ナンバーは大阪ナンバーよりも登録台数が多い。全国2位の台数で、前例にならえば分割して新しい地名のナンバーを新設するのが通例。「西宮」でも「宝塚」でも候補はいくらでもある。だが、神戸ナンバーだけはどうしても分割したくないのである。最近は、ご当地ナンバー以外増やすのはやめてしまったと見る向きもある。

なぜ神戸ナンバーは分割したくないのか?

西宮や宝塚・川西などは兵庫県だが大阪のベッドタウンである。とくに川西市・猪名川町ともなると、圧倒的に大阪への通勤者が多い。神戸市への通勤人口は限りなくゼロに近い位置といえる。

それが兵庫県・神戸ナンバーというだけで、なんとなく神戸に近いイメージになる。山の手住宅地を大阪から切り離し、神戸イメージを補強しているのが神戸ナンバーであり、官僚の意図だったのだ。

だから神戸ナンバーだから神戸とは限らない。淡路島もあれば、川西・猪名川町・宝塚もある。巷のナンバー論議も多いがそこまで考えていますか?

つまりは、大阪圏の巨大イメージを阻止している。

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西宮の六甲東部の住宅地から見る大阪の市街地

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六甲山からの大阪市街。梅田方面や少し右よりに弁天町も確認できる。

※参考資料として某掲示板、都市計画板から引用(秀逸原稿)

兵庫県 区市町別 大阪依存度 ランキング
15
歳以上男子就業者(世帯主が多い)の大阪への通勤率

1.川西市   能勢電沿線に広がる住宅都市
当地に常住する就業者・通学者  41,030 
内、大阪府に従業・通学     20,803

(大阪依存度 50.7%)

2.猪名川町ラッシュ時は、梅田まで直通特急あり
当地に常住する就業者・通学者  8,074 
内、大阪府に従業・通学     3,879

(大阪依存度 48.0%)

3.芦屋市 大阪の山の手
当地に常住する就業者・通学者  24,007 
内、大阪府に従業・通学     9,935

(大阪依存度 41.4%)

4.宝塚市  山沿いに高級住宅地が広がる
当地に常住する就業者・通学者  58,229
内、大阪府に従業・通学     23,702

(大阪依存度 40.7%)

この投稿原稿によると、神戸市区別資料もあり、神戸市自体が大阪のベッドタウンと結論づけていた。偏向報道でのイメージ固定はことのほか大きいようだ。

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2009年8月26日 (水)

紀州木の国、目を洗う海岸か山の絶景か

再び紀州に所用があって、日曜日に阪和自動車道を走ってきた。夏休みも終わりに近づいた最後の週末だったからか、高速道路は混雑していた。とくに帰りの上りが下津付近から延々と、広川南を越えて川辺近くまでの20数キロの列が伸びていた。

ここで思い当たるのは、南紀方面は連休などは昔から渋滞がひどかった。時代とともに混雑ルートの変遷はあったが、いつもメインの道路が混雑することに変わりはない。現在は高速道路が最混雑ルートとなった。高速道路が南伸するに従って、国道42号線の混雑は解消したわけである。

最近は各地のナンバーを付けた車がどこでも見られるようになったが、昔はどこに行っても大阪の車が多かった。大阪の車はとにかくメインルートを走る。とくに高速道路があれば、迷うことなく高速道路を第一選択にしていた。高速料金が高いだのは関係ない。金に無頓着なのは絶対に大阪人であった。そもそも昔は京都ナンバーや和歌山ナンバーなどは遠方でほとんど見かけなかったけど、いまはそうでもない。車を使う年齢が若年層へと変化したのであろうか。

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南紀方面へのドライブも、昔の高速道路がなかった時代は国道42号は混雑を極めた。春の連休に大阪から御坊まで10時間位要したことがあって、コリタことがあった。それで考えたのが、メインルートの国道42号を走らないルートを考えたのであった。そしたら山の中の山岳道路ばかりになったが、これが面白かった。

紀州木の国というくらいだから、海岸線から少し入ると山ばかりだけど、そこには縦横無尽に国道が張りめぐらされている。25年前くらいになるだろうか。最初に行ったのが、高野山の西の方の清水町の清水温泉だった。町営の宿泊施設があったので一泊したことがあった。それからは山岳ルート専門になってしもた。お盆休みであろうが連休であろうが、渋滞知らずだから快適である。そんなルートを走る人間は少数なのだ。カーブやアップダウンが多いから運転好きでないといささか疲れるのが難点だが、人知れず絶景を見ながら走るのだから面白いことこのうえない。

紀州木の国の海岸線は目を洗うような青い海が楽しめるが、内陸は山また山の秘境である。これもお好み次第であるが、連休の渋滞を避けるなら山の秘境になってしまう。内陸は地続きに奈良県も広大な面積を占めていて、有名な大台ケ原や日本一広い十津川村がある。十津川村にはこれまた日本一と言われる谷瀬のつり橋がある。

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▲国道168号、奈良県十津川村「谷瀬のつり橋」

さて、阪和自動車道に話を戻そう。上りの渋滞であるが、上り方がたちが悪いようで、ノロノロ動くのなら文句言わん。止まってる時間が長いからうんざりも限界。お陰でロスタイムは1時間半くらいになった。渋滞を解消する手立てはないものか、検証、分析を試みたが、現状の道路構造では無理と結論するより他はなかった。前回、速度低下が原因と書いたが、それは間違いない。

では、なぜ速度低下するのか? その要因をトンネル内の登り勾配に求めたのが、走ってみると必ずしもそれだけが原因でないことが分かった。

旧海南湯浅道路区間の海南IC-有田IC間の道路の幅員は狭いようで、通常7.0m(片側3.5m/道路構造令1種第3級普通道路)のところが、6.5m(片側3.25m/道路構造令第1種第3級小型道路または、第4級普通道路)と若干ながら狭いのが心当たりと考えられた。これは長峰トンネルをはじめ長大トンネルが連続する区間で、走ってみると狭いことが原因で60km/h以上での走行に危険を感じるのが速度低下の主な要因と思われた。

有田ICの上りからの合流も長い列ができており、渋滞の列に加わるのも拍車をかけていたが、これは本線が流れていれば解消するのか不明である。一部ゆずり車線など、片側2車線の区間も存在するが、渋滞混乱を避ける措置からか1車線しか走行できない措置が取られていたのは賢明である。いずれにしても、4車線化事業の完成を待つより他はなさそうな感じである。

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