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天王寺

2010年8月 1日 (日)

阿倍野再開発

久しぶりに天王寺に出たら、阿倍野再開発の工事が進んでいた。

とくにホテル・店舗などからなる複合ビルA1-2棟のこと。「西日本初」とか、大きな表示幕があった。ここまできたら、建物自体はかってに上がる。ショッピングセンターの「A-2棟」は最初に鉄骨上棟しているから、足場解体、完成まで変化はない。

見どころといえば、歩道橋とそれに伴う工事かもしれない。A1-2棟でも建物の手前に通路風のRCの構造物ができていた。

とにかく足場ネットがあると中が見えないので、いまいちワカランこと多し。完成時の姿を見るには、けっきょく設計図しかないワケだ。工事の後先や順序は設計図で指示しているわけではない。これは現場の裁量でやってる。

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これは阿部野橋ターミナルビル、タワー館の工事。
もう一枚、完成パースの全体図を入れておきます。

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もうだいぶ昔のことになりますが、関東から越してきたひと(年配)が、新聞に投書していました。
大阪に来ておどろいたのは、「関西の電車は遅い」・・・とあった。どうもイライラされていたようだが、「東京の電車は、もっと飛ばす」と書いておられた。

住所は吹田市とあるのと、文脈から阪急千里線を指しているらしかった。たしかに遅い電車の筆頭にはちがいない。
こっちからしたら、なぜ? そういう特殊な電車を関東全般の電車と比較するのかワカラン。阪急千里線って、大阪でもそうよく知られた線でもあるまい。それなら、淡路で交差している阪急京都線と比較すればいいのにと思ってしまうのだが・・・。

2010年6月24日 (木)

阿部野橋ターミナルビル、シャープ本社移転検討

シャープ 本社移転検討 近鉄・阿部野橋ターミナルビル

前回に続いて、表題の通り本日のニュースネタ、産経関西からの引用とします。

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 シャープは23日、大阪市内で開いた定時株主総会で、近畿日本鉄道が平成26年春に完成させる予定の阿部野橋ターミナルビル(大阪市阿倍野区)に本社の移転を検討していることを明らかにした。同ビルへの移転についての検討を、シャープが公式に認めたのは初めて。

 同ビルは百貨店とホテル、オフィスなどが入居する地上60階建て、高さ約300メートルと日本一の超高層ビルになる予定。近鉄は同ビルから約3キロ南の大阪市阿倍野区長池町に本社を置くシャープなどのオフィス誘致を目指し、賃料など条件面での優遇措置も検討しているとみられる。

(2010年6月24日 08:26)
   ●   ●   ●
阿倍野橋ターミナルビルの完成がかなり先の話ですが、この時期に出た発言としては、かなり現実的になると思われます。
「本気で検討しますよ。」・・・
そんなニュアンスでしょうか?
すでに着工から半年経過で、工事は急ピッチの様相です。
工程で確認すれば分かりますが、来年あたりに鉄骨組立にかかって、グングン伸びていく気がします。

2010年5月29日 (土)

阿倍野歩道橋架け替え工事

阿倍野近鉄前交差点の歩道橋が、本格的に解体工事にかかったようです。
「陽は西から昇る!関西のプロジェクト探訪」さんが、本日記事でスクープされています。

これから、どのような手順で工事が進むのか不明です。
おそらく発注者の大阪市から、条件があると考えられますが、しかし長期に渡って、全面的に使用不能にした場合、影響が大き過ぎると思われますので、考えられる工法としては、口の字の一部は残しながらの工事になるでしょうか。

竣工時期は、すべて阿倍野再開発にらみで、早くてもかまいませんが、A2棟開業までとすると、来春までになりますね。
大阪で歩道橋は目立っていますから、とびきりカッコいいのにしてほしいですよ。

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写真はこんな感じで、撮影日は5/25です。
まあ、以前からすこしづつ細部の工事はかかっていましたから、近鉄側などは通路の延長や階段の撤去もあったりで。工事費の負担とか気になる部分もありました。

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採用された設計案は、パース見るだけでは、なんともいえないですね。

とにかく、歩道橋というのがあまりよくない。実用的に過ぎるのか、よく分かりませんが。
ペデストリアンデッキというカタチにすべきだと思います。京橋のOBPをつなぐやつのようなのですね。
昭和30年、40年代あたりに、大阪では無数に造られたのですが、他の都市ではどうなのか?
あまり見かけた記憶もないので、大阪が独走したのかもしれませんね。

最後の写真は、近鉄阿倍野橋ターミナルビルの工事です。
見た目、まだ地上に何もないですが、工事は予想以上のピッチでガンガン進んでいるようです。

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2010年4月28日 (水)

阿倍野からの展望の補足

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前回の弁天町方面の遠望写真ですが、記事に誤りがありました。

右の方の高層ビルを確認もせずに交通局庁舎としましたが、明らかに間違いです。
交通局庁舎はドームにほとんど隣接して、離れてないですね。これは木津川の東のヴィークタワー南堀江です。いいかげんなこと書いて申し訳ありません。訂正しておきます。
正直いいますと、こういう勘が鈍ったのでした。老化現象、昔は勘がよかったのです。
それでは、弁天町とドームの中間に見えるビルは何なのか?
判りますか? これは尼崎でもっとも目立つ「ルネ・セントラルタワー」だと思います。
地図に定規をあててみると、そうなります。手前に高見フローラルもあるのですが、もう少し右のようです。

地図マニアは方向性が頭に入っているので、これはどっち方向と判るようです。
昔、写真クラブに所属していたのですが、作品を持ち寄っての品評会で、私は梅田新道交差点から第三・第四ビルの写った写真を出したら、

なんと、「あ、ツインビルや~」の声、「第三ビル」と「ツイン21」など間違えようのないはずなんですが、あきれて口がふさがらず、訂正しませんでした。ツインタワーが脚光を浴びていた20数年前です。

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近鉄阿倍野橋駅に掲示されていた、大きな再開発のパースです。
これにA2棟とか、仮称の工事名が書かれています。

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アンドの通りだったか、路地をのぞいたら、シティタワーグラン天王寺が見えました。
ちょっと阿倍野を歩いたのですが、近鉄阿倍野店の売り場が縮小しているけども、フープ、アンドの効果が次第に上っているようです。グンと阿倍野の賑わいが面的に広がった印象を受けました。

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これは、フープ前広場で、何やらイベントをやっているようで、ステージでは女の子が歌っていました。今回は記事としてはおまけ記事。

2010年4月24日 (土)

阿倍野ルシアスからの展望

阿倍野ルシアスは16階建てのオフィスビルですが、地下と高層階には飲食店舗も入居。北西側の15階が展望フロアになっています。阿倍野近鉄前から西南の再開発地区です。

阿倍野センタービルから市大医学部、同付属病院までのアポロビルの西隣にあります。ブルーのガラス貼りのビルです。

JR天王寺駅と近鉄阿部野橋駅が隣接して、どちらも規模が大きく、天王寺は一大交通拠点を形成しています。大阪の私鉄の特徴はJRから独立した駅とターミナルビルが多い。ここの近鉄も南大阪線のターミナルですが、近鉄でもメイン線ではないのですが、ここに日本一の超高層ビルを建設中です。

大阪駅などの開発で梅田集中が加速しています。近鉄としても、流出をなんとか食い止める施策が必要でした。その危機感が300m超高層建設になったといえます。

昔は比較的独立した商圏を持っていましたが、天王寺スルーのJRの直通列車が多くなりターミナルの拠点性が低下しました。ですから、大阪の現在の再開発活況は、どこも後に引けない生き残りをかけた事業であり、JR対策といえそうです。

全国で百貨店の閉店が相次ぐなか、大阪の凄まじい百貨店増床競争の黒舟到来は一年後、JR大阪三越伊勢丹の開業です。これが大阪の2011年問題となっています。すでに難波では高島屋大阪店が増床オープンし、来春にはJR大阪と同時に大丸梅田店も増床オープンの予定です。

そういう大阪の状況です。展望写真は、西側の写真からですが、逆光になっています。

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左に難波のビル群、中央の遠方に中之島方面の集中地区です。

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すこし右寄りです。左に難波スイスホテル、右の方に北浜タワーとシティタワー大阪の重なりが確認できます。中間が都心業務地区。

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これは北方面になります。少し前に撮影したのは天王寺都ホテルからで、写りの悪い写真でしたが、今回はマシですね。昔はビルの少ない地域でしたが、いまはけっこうなビルが見えています。遠方にはOBPですが手前の上本町が増えました。

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これはJR天王寺駅方面です。手前に掘割部に線路があって、天王寺駅は台地上にあります。
下の写真は「アパホテル」の拡大写真。

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高い超高層が4本あるのが弁天町です。すこし右に大阪ドーム、その右には交通局庁舎のようです。手前の四角の低い建物はスパワールド、その手前の高速のラセンのランプは阪高天王寺降り口です。

2010年4月21日 (水)

思い立ったが天王寺

たまには建築工事のチェックも兼ねて、ぶらっと天王寺まで。

書店を覗いたり、ショーウインドーを見たりしながら、散策してきました。

桜の季節が終わると、さわやかな季節だけど、すこし暑い感じ。影を歩いての散歩。

車だと昼は冷房、夜は暖房の切り替えが必要になる。

天王寺では近鉄阿部野橋ビルが年明けから着工したのと、阿倍野再開発A2棟の商業棟と、商業・ホテル・住宅などからなる複合ビルA1-2棟、この三つあたりが大規模工事でしょうか。

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最も注目される近鉄の阿倍野橋超高層ビルは、地上に駆体が姿を現すのは時間がかかるので、来年になるでしょうか。それまで多少見栄えのさえないのはやむをえませんね。

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西側の平べったい商業棟はS造で、鉄骨組立ては早かったですが、その後の変化は少ないようです。手前の右側のA1-2棟はRCの100m近い高さですが、ようやく2階立込みにかかったようです。在来現場打ちでこれもけっこう時間がかかる感じです。現場は確実に進むのですけどね。

とりあえず、天王寺は阿倍野再開発のSC棟の開業待ちです。イトーヨーカドー・東急ハンズの進出がどう街の変化に影響するのか?ちょっと予測がつかないですね。郊外型SCは大阪市中では初めてですから。必ずしも郊外型といえないコンセプトでくる可能性も十分ですしね!

思い立って、あべのルシアスにも行ってみることにしました。1年振りくらいかもしれません。展望スペースとしては、人が少ない穴場になっています。

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15及び16階に上ると、こんな展望スペースになっています。
吹き抜けから、ガラス越しに見ていますが、ジャマなガラスなしの写真は次回にします。

2010年4月14日 (水)

造幣局「桜の通り抜け」始まる

 大阪の春の風物詩「桜の通り抜け」が14日、大阪市北区の造幣局で始まった。少し冷え込んだものの、午前10時の開門前には約1500人が行列をつくり、開門とともに桜のトンネルをくぐっていった。
記事・産経関西から

久し振りの更新になります。
大阪の桜は終ったのですが?
リード記事の通り、造幣局の通り抜けが始まりました。(行かずの記事)

ま、毎年の恒例行事で、大阪・近畿のマスコミは必ず取上げます。
今年は4月14日~4月20日までだそうです。

大阪には造幣局ってあるんだね!
「ふ~ん、そうなん」っで、おわってしまいそうですが・・・。

私はこの「造幣局」って聞くと、昔、本屋で立ち読みしたある本を思い出します。
その本のタイトルはいまだに忘れていません。

まだ、あんまり大阪のことも詳しくなかったから、私にとってはインパクトのあるタイトルだったのですね。
そのタイトルは、「大阪が首都でありえた日」だったと思います。
いつごろだか、記憶もおぼろげですが、おそらく20数年前だったはずです。

いまでも、このタイトルで検索したら、アマゾンとか、楽天の通販で買えると思いますよ。
そのとき、書店で立ち読みしました。
内容は、なぜ、大阪に造幣局があるのか?の説明とか、幕末維新の歴史にまつわることだと思います。

造幣局が大阪にある理由は、まさしく首都を江戸にするか、大阪にするか?
大久保利通の推す、大阪が最有力だったのですが、前島密の江戸案に、どんでん返しで大阪は敗れたのですね。

京都から都を移そうと、そこまでは決まっていた。遷都候補地は大阪か江戸か、となっていたのです。
造幣局が設立されたのは、まだ江戸遷都が決まってない時期で、ほぼ大阪と見越した上で、造られたので、大阪に置かれた唯一の国家機関の本部なんですね。
だからこの本のタイトルも、けっして誇大妄想ではないわけです。

正直、あまり調べても、詳しいことが分からないのが、造幣局ですね。
設立の経緯など、詳しく調べられると困る。いわば国家機密になるのかもしれません。

桜の通り抜けは、これから行って見たいと思っています。
ここの桜は八重桜ですから、ソメイヨシノより時期は遅いのです。大阪の桜は二度楽しめるのですね。

ですから、通り抜けの写真がなしで、代わりに何か?入れましょうか。

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天王寺からの眺望写真を二枚入れておきます。
上の写真はほぼ真北、上本町方面。
下の写真は中之島~梅田方面なんですが、空気の透明度の悪い日で、写真の出来はさっぱりでした。細かく見れば、このビルは何とかはわかると思いますけど。

2010年2月 6日 (土)

阿倍野フープ知っていますか?

阿倍野フープ知っていますか?

関空・紀州路快速で天王寺に帰りついた。天王寺は我が家の玄関同然といえば少し大げさになるけど、どこに出かけるにも天王寺のお世話になるのが、南部の人間の宿命か?

じっさい、天王寺まで帰り着くと、やれやれとほっとする空気がある。長距離旅行なんかだといっそう感慨深い。

帰り着いた安堵と旅行の思い出が交錯する。今回は梅田までのプチ旅行だが、梅田は自分にとって外部になるのかもしれない。

ここまでくれば急ぐこともないので、天王寺の空気を吸って帰ることにする。

天王寺ステーションプラザに、北側のエスカレータで3階まで上がって、売り場内を歩く。

改装された店内には近商が見当たらなくなっていた。撤退したのだろうか?

デパートにしても専門店ビルにしても、頻繁に改装しているが、改装された店内は以前とさほど違うわけでもない。正直、改装の理由がよくわからん。くまざわ書店を見ると確かに以前と配置が変わっていた。

2階に下りて、歩道橋から近鉄側に渡る。ターミナルビル工事のため近鉄阿部野橋駅のコンコースはかなり東に移動している。切符売り場まで来て、切符を買って改札に向けて歩き出したら、南側外部のフープ方面が見えたので、ちょっと覗いていく気になった。

「阿倍野フープ」は近鉄の南側のお隣にあるのだが、分かりにくい感じだった。だから近鉄阿部野橋駅利用者でも、意外に知らない人が多いのではないかと思う。

阿部野橋ビル工事のために、駅がかなり東に移動したのだが、これによってフープ・アンドへの動線が返ってよくなったようだ。動線というより視覚的に見える位置になったというべきか。

いずれにしても、近鉄はフープ・アンドのPRをもっとすべきと思う。街歩きが好きな人間以外にはほとんど知られていない。

何より痛いのは、在阪のマスコミや大阪人にさえ認識されていない。天王寺にこんなビックリするようなビルがあるなんて、誰も思っていない。

全国を見渡しても、これほどハイセンスかつ前衛的なビルがあるだろうか? 「いや、ない!」が私の結論だった。

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私も初めてフープを見たときは衝撃だった。既存の概念を払拭するようなビルといえる。大阪の人にはぜひ一度は見てほしいビルだ。

今なら近鉄本館が解体されたので、歩道橋方面からも上部は見えるようになったが、それでは見たことにならない。ふ~んで終ってしまう。現地に行って、建物の内部も見てほしい。

巨大な円形の56階部分の庇はビッグサークル。外側には無数の照明があり、点滅によって変化するようだし、ビッグサークルの下に取り付けられたサーチライトも、音楽に反応して下を照らすようになっている。

そんな幻想的な空間で、しばしばライブなども開催されている。

特筆すべき「阿倍野フープ」であるが、平成12年竣工というから、すでに10年になる。

未来永劫に陳腐化しない、永遠の輝きを保つビルではないかと思える。近鉄の商業ビルである。

建築主は近鉄、運営は近鉄百貨店。

平成12年竣工。設計は竹中工務店、施工は竹中工務店、他3社JVになる。

そんじゃそこらの建築ではないと思っていたから、さすがは竹中工務店というべきかもしれない。

2010年1月10日 (日)

阿倍野イルミネーションはHOOPが主役

今年も、阿倍野HOOPのイルミネーションが点灯していました。

冬の夕暮れは早いので、午後から出かけると、すぐに夕暮れになってしまいます。

工事の様子を見たりしたあと、近鉄南側にまわってみました。この冬もHOOPイルミこと、阿倍野ルミナリエが新年になっても継続されておりました。

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ずいぶん前から、阿倍野近鉄のクリスマスのイルミや飾り付けは、とびっきり早かったです。11月の初め頃にはツリーを立てていましたから。これも阿倍野が近鉄の流通最重点地区の表れでしょう。

まあ、阿倍野を知る人は知っているのですが、この近鉄の商業ビルHOOP(フープ)はどびきりオシャレな建物です。在阪のテレビもとりあげることがないので、大阪人にもあまり知られていないのは至極残念に思います。

近鉄側からJR天王寺です。

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2009年8月17日 (月)

紀伊半島のつけ根が「天王寺」

◆お盆もアッという間に過ぎ去って、2~3日前から秋の気配を感じるようになった。自然と冷房を入れる時間が短くなる。。。

わが家は産経新聞の読者なのだが、しばらく前に記憶にとどめた記事が二つほどあった。おぼろげなので正確ではないかもしれないが、群馬だかどこかで「この地の暑さは飛びきりなんですよ」というから、「いや、それほどでもないですよ」・・・なんて、なぐさめたら、向きになって「あなたは○○の本当の暑さを知らない」などと頑なに譲らなかったそうな。

群馬だけじゃなくて、あっちこっち、豊岡に行っても、京都や金沢に行っても、ご当地の人が「こちらの暑さは格別なんですよ」なんてやるらしい。

暑いといえば大阪の夏は暑いと定評がある。わたしも大阪は暑いと思っている。瀬戸内海型の気候だのなんだのと理屈をつけてあきらめているのだが、この記事のオチは、「これはご当地のお国自慢だ!」で、納得したらしい。

ちょっと違うような気もするが、そんな心理があるよな気もする。わたしもお国自慢だったのかで納得した次第。「大阪の暑い暑い!もお国自慢だったのか?」最近はどの新聞も署名入りの記事が多いようだ。ネットが名無しの反動か?

◆もうひとつは、地域版かもしれないが、天王寺を取り上げていた。『川と坂の物語』・・・紀州の人たちにとって天王寺は特別な土地であるらしいとことは『紀州木の国・根の国物語』で知ったと記されている。52年朝日ジャーナルに新宮出身の中上健次のルポルタージュで、紀伊半島をめぐったしめくくりで書いていたそうだ。

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「天王寺とは紀伊半島の西のつけ根に当たる土地であるため、大阪に出るにはここしかない。天王寺、その地名の響きは紀伊半島の者に一種独特なものがある」と・・・

もう少し断片ながら記事から引用する。「平成3年末、腎臓ガンにおかされていたことが分かり、またたく間に肺から脳にも移転していた。治療も不可能になり、故郷に近い那智勝浦の病院に転院することになった。羽田空港から飛行機で白浜空港に向かった。紀伊半島にさしかかったとき、眼下を見下ろしていた中上は、まわりもはばからず号泣したそうだ。その日は悪天候で飛行機から天王寺は見えなかったはずである」と記されている。

◆私はこの記事によって、ひとつのことを知ったのだった。

「紀伊半島の人間にとって、天王寺は特別の土地である」ということではない。むしろ逆というべきか。私の勘違いかも知れないが、そんなこと全国の常識だと思っていた。筆者は中上の記事によって知ったと書かれてあるから、大阪出身ではないし、まして紀伊半島の出身でもない。

そうなのだ。天王寺とは東京における上野なのである。東北地方の人たちにとって上野が玄関であるように・・・。

全国の常識は言い過ぎかもしれないが、「地図を見れば分かるだろ」あるいは「時刻表でもいい」、和歌山県や奈良県や三重県からは天王寺に出るしかどこにも行けない地域が多いのだ。近鉄なら上本町になったりするが、とくに紀州からはJR線になるし、以前は完全に天王寺が終点だったのである。

わたしは母の郷里が紀州なので、身ししみてよく分かる。おまけに住まいも天王寺から近鉄なので、大阪に居ながら、どこに行くにも天王寺が玄関の生活を送っている。

だから大阪人だけでなく、「天王寺は特別の土地」は全国の常識だと思っていたのである。

★大阪映像プロジェクト「新時代の大阪」続編は『2011年春開業を目指して、大阪駅開発PJ』として、昨日完成いたしました。ところがYouTubeにアップロード失敗し、それではとダウンロードファイルでHP掲載を試みたのですが、映写時間をできる限り短縮して9.00分のファイルが転送するには恐ろしく時間がかかることが分かり、これも断念しました。

結局、時間がかかってもYouTubeにするしかないようです。FLVに変換すれば短時間にはなるようですが、前回あまり画質がよくなかったので、これは避けたいのです。

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