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2010年5月

2010年5月29日 (土)

阿倍野歩道橋架け替え工事

阿倍野近鉄前交差点の歩道橋が、本格的に解体工事にかかったようです。
「陽は西から昇る!関西のプロジェクト探訪」さんが、本日記事でスクープされています。

これから、どのような手順で工事が進むのか不明です。
おそらく発注者の大阪市から、条件があると考えられますが、しかし長期に渡って、全面的に使用不能にした場合、影響が大き過ぎると思われますので、考えられる工法としては、口の字の一部は残しながらの工事になるでしょうか。

竣工時期は、すべて阿倍野再開発にらみで、早くてもかまいませんが、A2棟開業までとすると、来春までになりますね。
大阪で歩道橋は目立っていますから、とびきりカッコいいのにしてほしいですよ。

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写真はこんな感じで、撮影日は5/25です。
まあ、以前からすこしづつ細部の工事はかかっていましたから、近鉄側などは通路の延長や階段の撤去もあったりで。工事費の負担とか気になる部分もありました。

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採用された設計案は、パース見るだけでは、なんともいえないですね。

とにかく、歩道橋というのがあまりよくない。実用的に過ぎるのか、よく分かりませんが。
ペデストリアンデッキというカタチにすべきだと思います。京橋のOBPをつなぐやつのようなのですね。
昭和30年、40年代あたりに、大阪では無数に造られたのですが、他の都市ではどうなのか?
あまり見かけた記憶もないので、大阪が独走したのかもしれませんね。

最後の写真は、近鉄阿倍野橋ターミナルビルの工事です。
見た目、まだ地上に何もないですが、工事は予想以上のピッチでガンガン進んでいるようです。

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2010年5月28日 (金)

南港・インテックス大阪、催事

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「中小企業総合展&電設工業展2010」が・・・

526日~28日まで、南港インテックスで開催されています。

どちらも入場無料ですが、このうち、「中小企業総合展」を昨日のぞいてきました。

6号館のA・Bゾーンです。分厚いガイドブックには、オオサカから、未来を切り拓け!

「日本の底力、チャレンジする中小企業450社がここに集結!!」とあります。

このところ経済活動が停滞モードのなか、多くのビジネスマンでにぎわっていました。

私も興味のある製品なり、会社のパンフレットはもらってきましたが、皆さん真剣そのものでした。

どちらかといえば、専門見本市。

朝潮橋で開かれていた、昔の大阪国際見本市を思い出しました。

華やかな中にも真剣な催事だから平日開催だし、女性の見学者は少ないですね。

でも、各会社のブース受付や、説明にはきれいな女性が活躍していましたよ。ブースは都道府県などで分けられ、どこの会社か分かります。

最終日は1600までとなっていますので、もう間に合わないかも。

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6号館内Aゾーンで撮影。帰り道、
見上げればWTCコスモタワーとミズノ本社が!

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2010年5月26日 (水)

梅田阪急ビルの周辺その後

ぐずつき気味のお天気が続きますが、曇天を押して久々の梅田になります。

梅田阪急ビルは1期工事は41日に竣工しました。

すでに去年9月に百貨店が先行開業した後、北側の解体工事にかかっていますが、今月56日に15階から41階の高層部、オフィスタワーが開業しました。

15階のスカイロビーが素晴らしいとか。

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写真は去年のもの

以前に来たときも、竣工後ナビオ側に大きな開口はオープンしてましたけど、まだ正式開業ではなかった。ですから、遅まきながらのスカイロビー体験です。

1階から15階までのシャトルエレベーターが凄いです。思いっきりデカイ(6畳間くらい)のが5、6台かな。これが1階と15階だけを往復している。

当然にEVの内部の押ボタンは「1」と「15」の二つだけ。おまけに人が少ないのに台数も余裕に多い。

この贅沢は阪急の伝統と見ました。

たとえば阪急グランドビルの高層用EV、台数多くて、すぐ来るし上まで早いよね。

たとえば阪急梅田駅のムービングウォークやらエスカレータ、やたら台数多いよね。

たとえば阪急電車、どの線に乗っても昼といわずラッシュといわず、特急といわず普通といわず、いつも全部の電車が8両連結以上で、JRのような4両連結とかケチなのは無し。

お客様には最高の贅沢をしてもらう。これが小林一三時代からの阪急の伝統ではないだろうか。

正直、こんなエレベータ初めてだよね。15階が高層オフィスへの中継フロアになってるようです。これは公開オープンスペースってことですよね。

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写真は適当に並べます。15階フロアEV前

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南面に面したスカイロビー東寄り窓側

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これがスカイロビーフロアですね。想像はしてましたけど、これほどの広さとはおどろきです。 

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ここは東西の中廊下で、高層オフィスへの中継になってるようです。

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これは同じ中廊下の西側で、コーヒー店が入っています。

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ここから展望写真です。南面、御堂筋と新阪急ビルが大きく見えます。
このオフィスタワーの入居率がいまいちのようですが、たしかクラレ本社が入っていたようです。新阪急ビルから移転したのでしょうか。

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西側です。アクティ増築工事や西梅田方面が写っています。

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大阪駅の工事がずいぶん進みました。

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これは西梅田方面の少しアップ気味ですね。

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阪神百貨店の屋上、扇形部が気持ちよさそうな芝生広場ですね。高い方はビアガーデンでしょうか。初めてじっくり眺めました。

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すぐ下の歩道橋あたりです。グレードアップしないとよくないですね。
地下がメインで地上は補完通路でもいいけど、昭和30年のままではよくない。
寄付だから動きにくい可能性もあるのでは。故人だし美観も必要では?

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これは地下です。ホワイティ梅田や地下鉄への地下通路です。
梅田阪急ビル着工前を覚えていますか?

ベルサイユ宮殿のようなドームも、グランドドームもありました。
地下街から阪急コンコースに上る階段が急だったですが、この階段が少し北へ後退したように思いました。

※前回の「天王寺から難波まで歩く」の記事の中で、堺筋の旧丸善石油ビルを白水ビルと書きましたが、約2年前に解体されていました。
解体直前の名前が「アルテビル長堀橋」でした。
それ以前が「白水ビル」「丸善石油本社」・・・「高島屋」と逆上ります。
昭和40年頃増築されているらしくて、北棟と南棟の床レベルに段差ができていたようです。私はこのビルに異常な憧れがあったのです。
当時、堺筋では間違いなく最大のビルだったように思います。

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2010年5月20日 (木)

逆説の大阪論:天王寺から難波まで歩く・その2

なんさん通りを西に向かった。もう難波まですぐである。

電気街は拡大しているようで、南海難波駅まで伸びている。

堺筋のひとつ西側の広い南北通りを見ると、やはり大賑わいの人通りであった。何か集客のある店舗があるようである。

上新難波店までくると、信号があり北に行くと吉本会館の東側、東道具屋筋とある。

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まっすぐ西に行くと、もう南海難波駅は近い。なんばCITYとか、きれいなショッピングゾーンならこっち。

濃いのをお望みなら、もう一本西側のアーケードの道具屋筋を冷やかすのが面白い。。

これがぼくの昔からの予定のコースでもある。

この道具屋筋も昔からある。ナベ釜・食器から什器・家具まで、プロ用のが揃っている。

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これは見てみると、「オッ!」と、じっさい新鮮な感動になる。

どこの観光地にもある土産物屋の大阪版といえようか。しかも本物だから見て損はない。

この通りを抜けると、難波グランド花月が見えてくる。左はワッハ上方、府立上方演芸資料館。ビル前はちょっとしたたまり場になっている。このビルにはジュンク堂書店が入居にている。たしか大阪進出はこの店からだった。

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とくにこの店は図書館顔負けに、座り読みOKと椅子が並べてある。考えてみればこれも凄い逆説商法ではないか。

鵜呑みに受け取れば、「本は買わずに、店内で座ってお読みください」となる。

他の店舗の事情は知らないが、大阪でも濃い場所といえる難波だから通用するのかもしれない。店内で読んで買わずに帰るなど、けっしてできないのが、この濃い地域のお客さんの気がする。

左に折れれば南海通だから、南海難波駅までスグである。

難波高島屋の前に立ってみる。この春に増床オープンしたらしい。

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東側が事務所棟だったのを売場に改装したのと、裏側あたりも増築工事をやっていたので、広げたようだ。いずれも2011年梅田対策といえる。

南街会館だった向いは丸井になってからかなりたつが、どうだろう。

鼻息の荒い、なめたコメントがあったのを記憶している。大阪人には鼻に付く感じもあった。

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すくなくとも大阪で成功を収めるのは、そう甘くないはずだ。

大阪は小売商売の素人だが、デパートに関しては先進地なのである。なにより怒涛の競合にさらされている。

なに、東京からの進出だと!

東京の店に価値をおかない。地方都市のように有難がらない。

残っているデパートを見れば東京の会社などというのは、大阪では何の価値も持たないのが分かる。大阪で成功を収めるのは、ただひとつ。店舗そのものの魅力だけである。

御堂筋方向を見ると、新歌舞伎座が見える。上本町の移転先のビルは完成が近いはずだから、この姿もそう長くないだろう。これも設計は村野藤吾だった気がする。

堂々のRC桃山造りの殿堂。長い間ご苦労様といいたい。

官製の東京の街とちがい、難波はJR駅のない珍しいターミナルである。大阪は民都というのもうなずける。

まっすぐ歩けば、40分くらいで着く距離であるが、あっちこっち店を冷やかしながらの道中なので、3時間くらいかけて歩いた。

歩くと疲れて腹がへる。うどん屋でちょい食いした。日本橋に飲食店需要もあるようだ。

このコースはこれまで三度目くらいだろうか。難波が目的地なら歩けないが、移動の途中が目的なので歩ける。だいいち天王寺から恵美須町までが中途半端。日本橋は難波からつながっている。電車なら難波が近い。

2010年5月18日 (火)

逆説の大阪論:天王寺から難波まで歩く・その1

「新世界・堺筋」

御堂筋を歩くひとは多い。梅田から難波まで4kmあまり。オフィス街の整然とした街路を歩くのは気持ちのよいものである。

天王寺から難波まで歩いてみた。適当な距離だし、歩いて面白いコースといえる。

都市を考える材料として、あるいは大阪という都市の特徴を見るため、歩いてみたのである。大阪の都心部は狭いけれども、非常に高密度が特徴といえる。

難波から天王寺は大阪都心から外れた場所といえる。

都心は船場・島之内、伝統的に難波から南側は都心ではない。江戸時代の市街地がそのままに伝統的都心で、加えても西船場あたりか。

ビジネス街を見ると、大阪は極めて都心指向が強いことが分かる。大企業の事務所などは由緒正しい場所に構えている。大阪の正統な場所はあくまでビジネス街といえる。それが大阪を一層高密度な都市にしている。

天王寺から難波までは、直線距離にしても2kmほどである。途中寄り道しなければ、30分あまりで着くかもしれない。だが、このコースははじめから道中寄り道が目的になる。

スタートはJR天王寺駅北口から。

天王寺公園の自由歩道を西に歩くと、新世界までしれている。美術館や動物園を横目に見ながら10分程度で着いてしまう。

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かつては大阪人も寄り着かない新世界だったが、観光客で賑わう街になった。東京マスコミ様さまといったところか。

たしかにテレビに頻繁に映されるのは、目印として抜群の効果があるようだ。演劇の「朝日劇場」とかの看板がある。日活ロマンポルノか、ポルノ映画の上映もあるようだ。近頃は大阪ではポルノ映画もすくなくなった気がする。

宴会、飲み会でも下ネタは評判がよくない。恥ずかしがりの多い大阪では下ネタご法度と心得るべし。へんに下ネタをやると人格を下げる。

すぐに通天閣の下に出る。待ち時間20分とある。

いつも入場待ちができるとみえる。

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通天閣の足元を中心に道路が放射状にある。観光客が増えたお陰で、いろいろな店が気合を入れているようにも見える。天王寺に馴染みはあっても、新世界は大阪人にも珍しい街といえる。興味半分で来る以外になかった。

恵美須町交差点に出た。堺筋と国道25号の交差点である。

もう日本橋電気街はすぐそこ。交差点を渡り浪速警察横の歩道を北に歩く。

東側歩道から北へ流す。

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本気ではないけれども、最近の事情は分からない。50年前には日本橋は電気街として名は知れていた。上新のパソコン主体の店がある。はたして部品は売っているのかさえ分からない。このあたりにニノミヤ無線のエレホビーという店があって、部品を買ったことが何度かあるが、今はない。

何にしても、経営というのはじつに難しいが面白いものである。

最近の電機店の小売市場を見ると、ヤマダ電機やヨドバシカメラなど関東勢に押されっぱなし。この現象に、私は大阪の商業都市の性質を見る思いがする。

つまり大阪は商売の素人ということ。大阪は小売商売の素人だから、とても関東には歯が立たない。

大阪が商業都市というのは、卸売の町の意味と前に書いたことがある。だから小売商売は素人。小売と卸売はちがう。小売商売の洗練度では関東にかなわない。

新聞の株式欄を見るとすぐに分かるが、卸売というのは、伊藤忠や丸紅といった商売を指す。いわば特権商業なのである。

トーメン、ニチメン、日商岩井、蝶理、長瀬産業などたくさんの商社が大阪にはあった。

業種的には各種商品卸売業に分類するが、本質は業種ではない体系的上位の階層分類といえる。こうした特権商業に比べたら小売商売は非常に厳しいし難しい。

西側のすこし入った場所に昔は五階百貨店というのもあった。バラックの2階建にジャンク売場のような商品を並べていた。西側歩道に移動したのだが、見落としたのか通り過ぎたようだ。

大した目的もない。流して大まかな店舗の確認をするくらい。

歩き疲れて自販機の飲み物を買うのに東側に移動したら、横道にメイド喫茶なる店があった。普通の喫茶店にウエイトレスがメイドの格好をしているだけのようだった。

ぼくは電気に興味ある方だったし、金属工作をよくやった。ハンダ付けは馴れた工作だった。男の子の数少ない趣味かもしれない。

北上するにしたがって、女性を連れたカップルも増えるけれど、女性同志連れはいないようだ。

消費の王様は女性といえるなかで、数少ない男性市場が電気街だろうか。男でもどちらかというとオタク市場か。

すこし広い横道で、西側を見ると歩行者が多くて賑わっていた。NTT電話局のあたりだった。日本橋南3のT字交差点角に、昔からヤマギワ電気があったはずだが、この店も撤退したのだろうか?

ここまで来ると、もう高島屋東別館が大きく見えてくる。

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たまに車で通過するときなど、いつも凄い建物だなと感心するので、今日はこれくらいは撮影しておきたいと思ったのだった。

よく知られているように、旧松坂屋大阪店の建物である。天満橋に移転したものの、結局大阪から撤退してしまった。

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ここで脳裏をよぎるのは堺筋のかつての栄華ということ。

昔は堺筋が大阪のメインストリートだったという。いまではよく知られた説となった。都市伝説といえるかも。

誰かが最初に書いた感想がこれほど普及するとは。

そういえば、40年前ごろに大阪市電の運転手をされていた、Yさんも鉄道雑誌に書いておられた。

私は四つ橋筋中心説をとっていて、堺筋中心説に必ずしも全面賛成ではないのだが。

それが逆説の大阪論だが、またの機会とする。

高島屋は大阪が本店なのだが、最初の大阪進出は心斎橋とある。

その後、長堀橋から難波・南海ビルの完成で難波に定着したようだ。

高島屋の長堀橋はどこにあったのだろうか。もしかして、元丸善石油(現コスモ石油)本社のあった、たしか白水ビルと言ったあの場所かもしれない。

白水ビルは気になるビルだったので、昨日現地に行ってみたら、広い敷地は更地になって、工事用囲いがあった。建替えの情報の記憶はあったから仕方ない。

このビルは心斎橋そごうの建替え前のビルに似ていた気がする。堺筋にしては威容と思える南北に長いビルで、縦ストライプの破風板が意匠になっていた。

白水ビルは知らないが、旧そごうは村野藤吾の作品だった。あとはシェラトン都ホテル大阪も。

堺筋には高麗橋の三越以外に、りそな銀行本店の北側、備後町に白木屋があったらしい。私は白木屋という未知のデパートゆえ長堀橋と混乱していた。

高島屋別館の中は何に使われているのだろう。たいした近代ビルなので、よけいに気になる。

あとで調べたら、3階は高島屋歴史館か資料館とあった。いちどのぞくべきかもしれない。知りたいのはとくに長堀橋の場所なのだが。

短く書くつもりが、長過ぎたので二回にしたい。

2010年5月13日 (木)

「大阪のぞき」

久々の更新になります。

写真は今日の夕刻、平野区のとある場所から撮影。

とある屋上の駐車場ですが、東の山並を見たら、すごくきれい。山肌がくっきりしてる。

思い立ってカメラを取り出して撮影したのでした。

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北方面を見たら、都心部のビルがかすかに見える。西側は夕焼けに染まりつつあった。

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南方面を見ると、新しい新築なった府営住宅の上の空、飛行機が短い飛行機雲を引いて飛んでいたのでした。これもきれいだなと思ったのでした。

ありふれた日常の、割にひんやりした日でした。

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じつは今回、いつもとガラリと趣向を変えて、大阪本のおすすめ。

本屋のぞいたら、「大阪のぞき」という本に出会った。

観光案内書のコーナーに並んでいた。サイズはA5くらいだった。

出来立て415日発行の新刊。税込1260円だった。

版元は大阪の出版社で、京阪神エルマガジン社かな。

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著者は木村衣有子さん、うら若き女性です。東京住みの大阪案内書らしい。

見事に大阪に詳しい。ぼくの知らない大阪もあった。

デカイ声で、大阪色出し過ぎより、淡々とお洒落に語る姿勢がいい。

なんていうのかな。知的大阪案内とでもいうのか、上滑らず突き刺さってる感じがする。

この人の言葉に「ハッと、我に返る」こと多し。的確な審美眼、本質を見抜く目は、大阪を語るとひときわ鋭い。

きっと大阪が大好きと見える。

それぞれの項目についての文と、カラー写真も筆者撮影。このひとの本を見たのは初めてなので、よく分からないけど、構成も著者の意向が入ってる気がした。

ミーツに連載したのを単行本化したようだ。

お洒落で、女性向きの感じもするけど、こういう大阪本は初めて見た。

立ち読みしだしたら、止まらなくなって。ほとんど読んでしまった。

私は知らなかったけど、タダものではなさそう。けっこう売れっ子さんかもね。

こりゃ、絶対オススメ、絶品の大阪本だと思いますよ。

大阪本にありがちなコテコテとは180度反対、対極の本です。それでいてカッコばかりでもない。

エンテツさんという同じ業界の方でしょうか? 巻末にあるこの人との対談もいい。

大阪かなりほめられています。

E:はじめて大阪に来たときは。地下鉄にビックリしましたよ。地下に降りたらドームになっていて、梅田や天王寺なんかすごいと思いましたよ。

K:そのころから地下鉄あったのですか?

E:もちろん

K:私は中之島にビックリしたよ。古いビルが並んでいて、それが現役で使われているのにもビックリ。ダイビルとか。

K:大阪は「真面目に仕事をするのに適した場所だよ」

本質を見抜いた発言だと思いましたよ。

版元の京阪神エルマガジンがデザインしたのか分かりませんが、徐々に時代は変わりつつあるのかもしれませんね。すこしづつですが、上質で、知的な大阪案内が増えてきている気がします。

2010年5月 4日 (火)

鶴見いのちの塔から遠景

いのちの塔からの眺望写真になります。
西側の都心方面はビルのシルエットです。

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西方向、都心方面です。
私はこの方向から見るのは初めてで、判りにくいですね!
左はしのビル群はOBPです。キャッスルタワービルやツイン21、手前に少し低い東京海上日動ビルなど。左から四分の一あたりに、スックと立ち上がった高い細身のが北浜タワーですね。
中央付近の太くて高いのがOAPタワー、その少し右側が梅田付近になるのですが、重なったり、隠れたりで判別が難しいようです。ハービス大阪らしきのと手前に白っぽいタワーが見えています。その右側にもたくさんありますが、アプローズやピアスタワーでしょうか?
梅田スカイビルでさえ埋没して分かりません。おそらく頂部はどこかにあるはずです。

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この写真は少し北寄り右側です。OAPタワーからバックに梅田方面、右の方にベルパークシティのツインタワーがあります。マンションでは36階建でも低いですね。

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少し西寄りの北側になります。池の向こう側は国際庭園のあった場所で、中国庭園などが見えるはずです。遠景にはビルが見えるのですが、これは知らなかったです。
まあ、2年位前には京阪守口市駅の横でマンションの工事にかかっていましたから、おそらく京阪守口市ですね。方角としては吹田方面ですが、メロードなどは見えません。

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これも北方面、少し右寄りになります。これはよく分かりますね!
同じ守口の北東寄りのサンマークス大日のトリプルタワーが見えています。

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次は、北東方面ですね。何も目立つものはないですが、香里園方面と思います。
手前の緑地内は、風車とか、手前にレストランつるみの屋根ですね。それに池があるのがいいですね。

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これはほぼ東方面ですね。山並みは生駒連山の北部あたり。
注目の第二京阪・門真JCTに、なみはやドーム、花ポートブロッサムの屋根が見えています。手前は国際展示水の館・鶴見スポーツセンター。
木々の緑はこの季節が一番いいですね。若葉がなんともいえん感じします。

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これは東南方面です。目立つビルは東大阪市総合庁舎と、若宮団地でしょうね。その向こうは若江岩田のきららでしょうか?よくわかりません。
ざっとこんな感じで時計周りで見てみました。南西の難波・天王寺方面は条件が悪くて撮影できませんでした。
人も多いのと、カメラがコンパクトデジカメで、イマイチ写りが悪いもので。

替わりに一枚、咲くやこの花館にあった、噴水です。これおまけ。

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2010年5月 1日 (土)

鶴見緑地・花博再び

EXPO90花の万博から20周年のようです。

一度、上がってみたいと思っていた「いのちの塔」もあるので、鶴見緑地にレッツ・ゴー。

なんと、イベント花盛りでした。

1990年花博当時は京橋から地下鉄鶴見緑地線に乗って通いました。何度も感動体験できました。1970年は大阪万博、1990年が花博でした。大阪は二度の万博を体験しました。

あれから20年、51日の今日、上海万博開幕だそうです。そして鶴見緑地では花博再びの、プチ花博。

目玉は、フラワーカーペットでした。そして、しばらく閉鎖していた「いのちの塔」は無料開放。

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最後の写真は「咲くやこの花館」を手前に入れて、大阪都心遠望しました。
鶴見緑地は梅田からほぼ東へ10km弱でしょうか。
グルッと360度、遠望写真は次回といたします。

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