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2010年3月

2010年3月27日 (土)

大阪駅新北ビル&梅田遠望

しばらくあいておりましたが、梅田方面。
まずは大阪駅ノースゲートビルディングの様子になるが、足場はほどんどバレているけども、正面のアトリウムゲート部分は非常に高いので、仕上げなど各種の工事に必要なので、最後まで足場が残る部分になりそう。

しかし、もう全体の雰囲気は十分に見ることができる。そこで真っ正面から見てみたくて、梅田スカイビル側に回ってみた。
梅田スカイビルは大阪駅から見て北西方向になるが、大阪駅は東西になってなくて、北側正面は北北西くらいの方角になっている。

その大阪駅と梅田スカイビルの間に、横たわっているのが梅田貨物ヤードと特急「はるか」などが通過する梅田貨物線の線路。この線路は単線で梅田-西九条間を結ぶ線路である。そう梅田貨物駅も現役なら、梅田貨物線も現役になってる。
梅田貨物駅が立ち退かないことには、梅田北ヤードの二期工事にはかかれない。それどころか、北ヤードの先行開発区域すら、まだ着工していない。もうすぐの、3月末の着工は決定しているが。

よくブログなんかには、「大阪駅のすぐ横にこんな広大な空地があったんだ!」なんて書いてあるけど・・・

これは誤解ということ。空地はなくて、これから立ち退いてもらう。梅田貨物駅は吹田と百済に移転させる予定。梅田貨物駅は東京でいえば汐留貨物駅に相当する貨物ターミナル。
東京はさっさと立ち退き、開発して「汐留シオサイト」に。ちなみに汐留は市街高架線と東京駅ができるまでは、始発駅の新橋駅であった。意味合いが梅田とほとんど同じになってる。市街高架線は新橋-上野間を結んで中間の皇居前に東京駅が造られた。

大阪と同じように、東京のターミナルも昔は東海道線は「新橋」、総武線は「両国」、東北線は「上野」、中央線は「飯田橋」となっていて、鉄道は市街地に入ることはできなかった。
品川から新橋なんて、ほとんど海沿い走っている。汐留の海にあるのが浜離宮庭園であったりする。

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こんな感じだけど。まあ、遠望だから細部まではわからないけど、雰囲気はつかめるよね。撮影はたしか3月17日だったと思う。

あと、この日は淀川堤防まで行ってきたので、その写真もいくつか。

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いずれも塚本駅付近の淀川堤防から撮影。
最初のが梅田の中枢部で、最近はビルの重なりがるので、見えないビルもある。
二枚目は少し右に振った位置で、左の「シティタワー西梅田」から鉄橋の向こうは福島のマンション群。最後はJRの鉄橋。近代的なトラスを並べたやつ。
こんなとこです。ではまた。

2010年3月25日 (木)

「大阪都」20区で・・・橋下新党案

 大阪府の橋下徹知事をトップに4月に旗揚げする地域政党「大阪維新の会」が訴えの柱とする「大阪都構想」案が24日、判明した。全府域を「大阪都」とし、大阪市と堺市を分割して周辺9市とともに計20の「都区」(仮称)に再編。東京都と23特別区のように、各市の広域行政機能を新都に集約し、各都区には公選制の区長と区議会を置くとしている。5年以内の実現を目指す。

 同会が掲げる構想案では、大阪都は産業基盤整備や広域調整を担い、都区は人口30万人程度の基礎自治体として市民生活を守る機能を持たせる。具体的には、大阪市(約266万人)は、現在24ある区を2~4ずつ合併して8都区に、堺市(約84万人)は7区を3都区に再編。豊中、吹田、守口、八尾、松原、大東、門真、摂津、東大阪の9市もそれぞれ都区に衣替えさせるとしている。

 また同日、民主党府議団所属の中野隆司府議が同会に合流するため、離党すると明らかにした。同会は発足時は20人前後となる見通しで、来年春の統一地方選で府議会や大阪市議会での過半数を目指すという。
(2010年3月25日  読売新聞)

今日朝、重要ニュースが入ってきた。今回読売新聞の記事引用とします。
大阪の最重要課題であり、正直いいますと、私がこのサイト「都市の景観と躍動」をやっている最終目標になる。
もう、10年、20年前から橋下知事のいう府市解体、併合をいい続けてきた。困難はあっても、ずひ実現してほしいと願うばかりである。

とりあえず、短いが報道レポート。今後を見守ることにしよう。

2010年3月23日 (火)

続、弁天町なぞなど

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弁天町の位置づけとなると、オーク200・ホテル大阪ベイタワーなどの高層ビルはあるけども、大阪的価値観での評価となると全然弱い。街としての存在感があまりない。大阪の価値観には特徴を言い過ぎるところがある。

最近はようやく御堂筋も立派な通りと認識されるようになったが、以前は必ずしもそうではなかった。マスコミの記事によくあったのは「休日は銀行のシャッターが閉まって楽しくない!」や「歩いて楽しいオープンカフェを」とか・・・。

大阪の中枢だから銀行などのビルが多く軒を並べるが、近年は金融機関が撤退して、多くの提案者の希望通り、カフェなどの店舗が増えた。カフェやショールームなどならまだしも、コンビニも一軒できていたので、私はショックを受けたのだった。私のいう御堂筋とは、淀屋橋-船場中央間なのだが、本当に御堂筋にコンビニは最近までなかった。

私には理解に苦しむ提案だった。金融機関のビルが並ぶストリートと、歩いて楽しいお店が並ぶ通りと、どっちが重要で評価できるのか?

もちろん都市の重要性を考えるならば、金融機関が並ぶ通りが立派で重要なのは論を待たない。簡単にいえばオフィスビル街を評価すべきなのだが、これができていなかった。

同じビルでも、オフィスビルとマンションでは重要度はまるで違う。住機能のマンションの影響力などほとんどないに等しい。その都市の力量は都市圏のつなぎ止めている人口の問題であろう。

だから、どきどきこういう提案が新聞に載ったりすると、大阪を衰退させたい人の意見と思ってしまうのだが、どうだろうか? 要するにデパートや目立った商業施設のない新大阪をもっと評価する必要があるかもしれない。

大阪的価値観は軌道修正が必要である。それは得体の知れない権力によって監視されているように見える。政府はもちろん、記者クラブの場合もあって、その場合は統制がとれているのでわかりやすい。橋下知事誕生の府知事選挙では大阪府とは一切いわず、府抜きの「大阪知事」と各新聞の統一は完璧だった。

先月の2月には突如、ミナミ・キタの報道が多くなった。このミナミなどとカタカナで書くのは非常に悪い見本で、大阪はこの言い方をやめるべきなのだが、なくならない。

なぜやめるべきなのか? これは都市の多様性を拒否している。あたかも大阪にはミナミとキタの二つしかないような印象を与える。観光案内のほとんどすべてにこう紹介されているのも痛い。大阪をほとんど知らない人間でも、ミナミ・キタの言い方は知っている。

これは旅行先で言われて、ショックを経験したことがある。

大阪を魅力的にする方法の一つは、ミナミというのをやめるだけで相当の効果が期待できる。都市の魅力は、多様性であり、どこまで行っても未知の場所があるような広がりにある。

残念ながら、この言い方は大阪自身が言い出した言い方であるが、得体の知れない権力は心得たもので、大阪にとってマイナスになる事象をピックアップして強調するのが得意とする。大阪が大阪自慢のつもりで、再建した通天閣もすっかり上げ足取りされてしまった。いまではダントツの大阪名所。はては鶴橋まで大阪名所にされてしまったのには恐れ入る。

都市の多様性を拒否している部分や、大阪的価値観の偏向振りは大阪市の政策そのものにも内在している。明治以来国家と対立してきたのが、そうしたゆがんだ思想になった気がしているが、これは非常にわかりにくいが興味のある現象といえる。

弁天町の位置づけから始めた話なのだが、戻すと・・・
弁天町とはベイエリアへの玄関・入り口とするのがもっとも適正な性格であろう。オーク200のホテルは「大阪ベイタワー」だし、天保山や南港に行くにも、弁天町が中継点である。道路ににても同様、国道43号と十字にクロスして中央大通があって、大阪港、南港方面となる。

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オーク1番街

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オークの案内板、オーク200はオフィス階が多い。
プリオタワーもオフィス階がけっこうあるのは知らなかった。これが重要!

2010年3月20日 (土)

春を迎える京橋OBP

一昨日の3月18日、めったとないような快晴の天気だった。
写真は天気が命。それで撮影してきたのが、京橋OBPだった。

同じ場所から、数枚撮影しただけだけど。天気がよいだけで大満足だった。
すべてJR大阪城公園駅すぐの弁天橋からの撮影。
桜の咲くころは天気が周期的に変わって、とにかく雨が多いので、快晴の天気はこれからの時期は貴重になる。

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京橋といえば京街道の出発点でもある。京阪電鉄も京橋が重要なターミナルになる。

そんな3月20日の今日、待望の第二京阪道路が開通した。これも京都に通じる高速道路になる。
大阪-京都間の大幅な所要時間の短縮が期待されるところ。

第二京阪道路が全線開通:産経関西の記事

2010年3月19日 (金)

桜花直前、桜之宮・大川河畔散歩

染井吉野も早い木は開花しているようだが、誰しも浮き立つ季節になった。

桜の季節ともなると、もっとも賑わうのが桜宮橋あたり。一昨日の317日、賑わう前の桜之宮周辺をカメラ片手に散歩してきた。

お天気はまずまず。今日の方が天気は最高によかったけどね。

今回はビルを真っ正面から写すのはやめて、斜めからさりげなく、風景の一部として撮影。

まず手始めは「藤田邸跡公園」から。

このあたりは「太閤園」や「藤田美術館」「大阪市公館」があったり、なかなかに雰囲気のいい場所になってる。

この藤田邸跡公園は特別な公園といえる。入場時間に制限があって、囲われた公園になっている。それだけに手入れは行き届いている。門構えで立派な正面の入り口から入る。

公園内も風情のある雰囲気にしつらえてある。

えらいもんだ!すでに地味ながら様々な花が咲いている。モクレンや紅梅、白い小さな花をたくさん付けた植え込みのような低木とか・・・。花の名前がわからんのが歯がゆいけど。

藤田邸跡公園を抜けて、大川側の門を出ると、河川敷の見慣れた桜之宮公園に出る。川幅もありゆったり流れる大川もいいもんだ。

銀橋こと桜宮橋が見える。上流側にもうひとつ橋が架けられたのだが、やっぱし鉄の橋は溶接よりリベット止めの古いやつがいいね。ヒンジとか、リベットの頭のぼんぼりが何ともいえん。

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藤田邸跡公園、入り口の門はすごい

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公園内は変化がある

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遠くシティタワー天満などのマンションも見える

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桜之宮河川公園

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桜宮橋は二本になって、6車線に拡大

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大川右岸の遊歩道

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造幣局の正面入り口、造幣博物館は見学無料

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さすがに国家機関だけの威厳ある建物

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再び戻って、桜宮橋を渡る

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これぞ銀橋、リベットの魅力

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やってきましたアクアライナー

今夜7時頃、久しぶりに夜空を眺めて見た。南天の西よりにオリオンが確認できた。真西の空の30度くらいに、細い三日月が見えていた。その三日月から上にたどると60度くらいの位置にプレアデス星団・すばるが確認できたのは嬉しかった。雲ひとつない天気だったので、いつになく星の数は多いように見えていた。

2010年3月16日 (火)

交通科学博物館の見学

せっかく弁天町に行ったなら、「交通科学博物館」を見学してみよう。

大阪環状線開通を記念して昭和37121日開館した。設立所有は国鉄からJR西日本に引き継がれ、交通文化振興財団の運営となっている。

私自身は昔はよく通った。専門図書では他の追随を許さないので、主たる目的は図書館利用だったのだが、今回は30年振りくらいになるだろうか。大型書店も多いが梅田・旭屋書店本店が鉄道図書では圧倒的な品揃えなのと同じ理由。図書室には鉄道ファンの大御所であった、西尾克三郎さんが勤務されて相談にのっておられた。

スタート当初から「交通科学館」の名称だったが、1990年頃に現名称に改称している。

展示は屋内展示場と屋外展示場、それに第二展示場がある。

屋外展示場とホールの建物は、弁天町駅の東側の敷地で、駅の前庭といった感じ。屋内展示場は駅の高架下になる。

展示物は屋外に各種の実物の保存車両があり、屋内展示場はいくつかの区切りで、鉄道主体に実物のモックアップや、20分の1の精密模型などの展示が多数ある。

鉄道以外にも自動車、飛行機、船舶関連の展示もある。北ゲート側は第二展示場になっているが、昔のホールと呼ばれた独立の建物は映画の上映などに利用されていたが、現在どうなっているのか確認できなかった。

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C62と下は運転台、右の機関車はD51の初期形のナメクジ

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D51の動輪と弁装置のロッド

下は独立の建物、昔はホールだったが・・・

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181系先頭車、クハ181の先頭部分

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C53の20分の1模型、三気筒のSLで戦後復活整備して、大阪-神戸間で運転された機関車。交通科学館に展示するために整備されたと思います。いまは梅小路に移設。

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これは221系電車の運転シュミレーション。
以前は福知山線だったのが、現在は中央線、三鷹-西八王子間になっています。

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これは大阪環状線の安治川橋梁の工事中の模型。

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サンタマリアの模型

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207系の模型

実物展示の蒸気機関車も、京都・梅小路蒸気機関車館に移設されたC53などもあって、すこし寂しくなった印象もある。特急「つばめ」の最後尾の展望車マイテ49がなくなっていた。替わりにスシ28があったけど。私も3軸ボギー車には乗ったことがないのだけがこころ残りになっている。ブルトレの食堂車、ナシ20も展示されていて、休日は営業しているのかな?

そういえば、図書館利用以外には食堂車でコーヒーや軽食を食べるのも楽しみだった。軽く走行音のBGMでも流すとより雰囲気がでたかもしれない。

屋外、屋内にかかわらず、実物の車両は大きく見える。普段はプラットホームから見ているが、地上に降りるとこんなにも大きいのがわかる。

屋内展示場のいちばん北より奥の部屋には模型パノラマがある。80分の1HOゲージの大規模レイアウトである。

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模型パノラマ室

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図書室

東京の交通博物館は一度昭和40年代に行ったことがあった。神田の近くの古い高架下にあったと記憶するが、調べたら万世橋の独立の建物になっている。どうも記憶と合致しないのだが、東京は不案内なので万世橋といわれても?それ以上わからんってことになるけど。昔、万世橋という駅が存在したらしい。昔の中央線の起点は飯田橋の記憶があるので、これも記憶とのズレがある。今はさいたまにできた鉄博になるけど、行く機会があるだろうか。

なにせ大阪からは東京の向こう側になるし、京浜東北線も赤羽までしか行ってない。

東京から外に出るとなぜか、ヒラガナやカタカナになる不思議。横浜MMとかも。ダサイが承知の上だろうか?

またまた、すこし訂正。前回の大阪環状線の開業日が昭和36421と書いたのは、425日の誤りに付き訂正。

もうひとつは3月1日の「早春の山岳ドライブ」で、賀名生梅林の賀名生(あのう)を阿賀生とか書いたのも、訂正します。なぜ後から訂正するかというと、文字を一字変えるとレイアウトがグチャグチャになるのですよね。

賀名生は南朝の天皇の行在所が置かれた地。最後に賀名生梅林を紹介しているブログで、大阪のブログのようなのでリンクを入れておきます。「ROSSさんの大阪ハクナマタタ」・・・

2010年3月14日 (日)

弁天町の印象

弁天町といえば交通科学博物館があって、昔は鉄ちゃんの聖地だったのだが・・・
最近は200m級の超高層ビルが増えたりで、けっこう目立つ場所になっている。

大阪環状線の開通は昭和36年4月21日で、それまで弁天町は大阪人さえ知らない、まったくの無名の地名だった。
なにせ、大阪砲兵工廠のあった京橋OBPの地名が当時、弁天町といわれていた。すでにOBPに弁天町の名残の形跡はないと思うが、ポンプ場か何かに名残があるかもしれない。

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交通科学博物館の展示写真「大阪環状線開通式典」

やっぱし、大阪市内の交通は市交通局が中心になっていたようだ。つまり市電が市内交通機関といえた。それで、大阪西部、湾岸寄りにJR大阪環状線が開通した。
開通区間は天王寺-西九条間であった。開通当時の駅は大正と弁天町の二つだけだった。
天王寺を出ると、大正まで駅はなかった。2~3年したら、新今宮駅が開業し、つぎに芦原橋駅が開業した。昭和40年頃だったと思う。今宮駅は関西線の駅だったが、いったん廃止の決定したものの、反対運動があって、復活した珍しい駅である。

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写真は境川の市交通局庁舎から

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この写真は交通科学博物館の敷地内から撮影

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あとの2枚は、以前に掲示板で発表した写真。
生駒山からの撮影。最後の写真を見ると、クロスタワーベイに串刺しに沈みました。
ぼんやりして、はっきりしませんが、うしろの方に明石海峡大橋があるような、ないような写真です。

とりあえず、弁天町は次回も少しやりますが、今回はこれだけに。

2010年3月 9日 (火)

庚申街道&高野街道

このところ寒さのぶり返し。まともな天気がないので、青空が恋しい。したがって更新のモチベーションも低下気味。でもって、ご近所散策でお茶にごしとする。

庚申街道ってご存じだろうか?

じつは近鉄阿部野橋駅には庚申口というのがある。JR天王寺駅東口の正面、天王寺都ホテルの横にある地下コンコースへの入り口が庚申口。この庚申とは四天王寺・庚申堂からきたもの。庚申まいり参道ってわけ。それで庚申街道の一部にもなっている。地下を抜けて松崎町から南を目指す。

調べてみると、庚申街道は四天王寺・南大門を起点に中高野街道方面への街道であったらしいのだが、じっさいには阿倍野区や住吉区あたりの地元住民は、あびこ筋の一本西側の平行する道路を庚申街道と呼び慣わしている事実がある。いまでも場所の説明などで、この庚申街道の呼び名にときどき出くわす。

ピンとこない人には、昭和町や西田辺の交差点の、ひとつ西側の信号の南北道路といえば分かりやすい。しかしこの道路は南港通以南へは一方通行のため自動車では進めないし、JR長居駅付近で消滅してしまう。本来の庚申街道は阿倍野区役所付近から桃ヶ池、田辺方面に向かうルートだったの記述はあるのだが、住民が勝手に呼び慣わした庚申街道の方がピッタリマッチしている。

これとよく似た街道に難波大道という古代の道もある。四天王寺起点は同じで竹之内街道をたどって飛鳥に至ったという。庚申街道はご近所道であったのかもしれない。

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※庚申堂はに天王寺南大門から南へ200m

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※あびこ筋に平行する庚申街道(昭和町付近)、真北に見えるのは「シティタワーグラン天王寺」

いずれにしても不明な部分が多いのだが、分かりやすく整理するならば、高野街道というのがいい。河内長野から高野山へは国道371号が高野街道である。河内長野までのルートは東高野街道、中高野街道、下高野街道、西高野街道と4本のルートがあって、河内長野で集束して1本になる。

このうち中高野街道、下高野街道は大阪市内から高野山を目指すルート。西高野街道は堺から国道310号のルート。下高野街道は庚申街道と同じ、四天王寺・南大門起点。田辺から天美に抜けるルートで、狭山で西高野街道に合流する。大和川の築造は新しいけれど、現在も近鉄南大阪線の西側に下高野大橋の名があるので、これに比定できる。

中高野街道は平野起点の国道309号にほとんど一致している。これも大和川に高野大橋の名があるので間違いない。三宅、美原を通って河内長野で西高野街道に合流する。

残る東高野街道は国道170号になる。新しい大阪外環状線も国道170号であるが、この場合は山側に平行する旧道になる。大阪外環・国道170号は高槻に向かうが、東高野街道は東寄りのルートをとって、洞ヶ峠・八幡から京街道に合流したとされる。

なにせ大阪の歴史は極めて古いので、各種の文献も時代的な混乱は整理できていない印象がある。最古の官道とされる竹之内街道も堺起点になっているが、難波宮遺跡や四天王寺より古い仁徳天皇の難波高津宮は無視してもよいのか。東高野街道は京都と高野山を結んだとされるのをみても、高野街道の呼称がいつからあるのか定かではない。

私自身も高野山と何の関係もなさそうな、大和川に唐突に高野大橋があったりするのが理解できなかった。

2010年3月 4日 (木)

第二京阪道路、3月20日全線開通

第二京阪道路(枚方東IC~門真JCT)が今月320日(土曜)15時開通する。

待望久しい第二京阪全線開通の日が迫ってきた。今月20日開通の秒読み。大阪にとって新名神以上に期待される道路となる。第二京阪のホームページにある図形情報板を見ても、経路の選択肢がグンと広がる。

国道1号の慢性的な渋滞も緩和される。大阪と京都がグーンと近づく。インパクトのある道路である。

222日、ニュースリリースはつぎの内容です。

平成22320日(土曜)に開通する国道1号第二京阪道路(枚方インターチェンジ(IC)~門真ジャンクション(JCT)間)の開通時間が、15時に決まりましたのでお知らせします。

1.第二京阪道路の全線開通について

1) 開通日時

平成22320日(土曜)15 (枚方東IC~門真JCT間)

※一般部は同日14時、副道部は当日朝から順次開通。
※京田辺松井IC及び京田辺パーキングエリア(PA)も15時に開通。
※各ICへのアクセス道路についても、同日に開通。

2) 道路の諸元及び概要

自動車専用部

区間:京都府京都市伏見区向島大黒~大阪府門真市大字ひえ島(自動車専用部)

延長:28.3km(今回開通区間:16.9km

構造規格:第13

設計速度:80km/h

車線数:4車線(巨椋池IC~久御山JCT間)、6車線(久御山JCT~門真JCT間)

一般部

区間:京都府久御山町大字森小字大内~大阪府門真市大字ひえ島(注)(一般部)

延長:26.4km(今回開通区間:16.2km

構造規格:第31級(久御山JCT~京田辺松井IC)、第32級(京田辺松井IC~国道170号)、第31級(国道170号~門真JCT

設計速度:60km/h

車線数:4車線(久御山JCT~京田辺松井IC)、2車線(京田辺松井IC~国道170号)、4車線(国道170号~門真JCT

総事業費:約1兆円

3) 全線開通による効果

国道1号の混雑緩和による交通状況改善に貢献します

大阪~京都間の所要時間が短縮されます

北河内地域の安全・安心な地域づくりに貢献します

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1) 通常料金

今回開通する区間は2つの均一料金区間【B区間(京田辺松井IC・京田辺本線~交野南IC)及びC区間(交野南IC~門真JCT)】となっており、各区間の1回利用あたりの通行料金(通常料金)は次表のとおりです。

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2.割引制度

今回の開通にあわせて、名神高速道路と第二京阪道路の交通の分散や均一料金区間における短区間の料金割高感の解消を図るため、ETC車を対象に利用区間に応じて「第二京阪連続利用割引」「第二京阪ネットワーク割引」「近畿道乗継利用割引」などの各種割引を新たに期間限定で導入します。

その結果、ETC車においては、例えば、「第二京阪連続利用割引」の適用により巨椋池IC~第二京阪門真IC間では普通車の通常料金1,250円が1,000円となり、名神高速道路の京都南IC~吹田IC間の料金1,000円と同額になります。「第二京阪ネットワーク割引」の適用により名神高速道路の彦根IC~近畿自動車道の東大阪北IC間の第二京阪道路を経由した場合の普通車の通常料金4,100円が3,500円となり、名神高速道路の吹田ICを経由した場合の料金3,500円と同額になります。また、「近畿道乗継利用割引」の適用により京田辺松井IC~東大阪JCT経由~阪神高速道路をご利用の場合、近畿道の普通車の通常料金500円を250円に割引します。

所定の要件を満たすことで、既存の割引制度であるETC時間帯割引(大都市近郊区間を対象とした割引)、マイレージ割引、ETC前納割引及び障害者割引の適用があります。

※正確な料金はホームページで確認してください。

総事業費1兆円になっています。

一昨年の年末、一年あまり前に門真JCT付近で撮影した写真を入れておきます。

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2010年3月 1日 (月)

早春の山岳ドライブ

阪和自動車道の海岸線は高速道路が整備されつつあり、紀伊半島をかなり南下しているが、行楽レジャードライブとなると面白くない。秘境山岳ドライブが面白い。

紀伊半島縦走ドライブコースであるが、今回、奈良県黒滝村まで国道309号を走ってきた。奈良県は梅林の名所も多い。「月ヶ瀬梅林」「阿賀生梅林」「広橋梅林」とか。なにせ北部の奈良盆地以外は広大な山岳地帯。そして村が多い。日本一の十津川村、天川村、川上村、東吉野村、上北山村、三重県寄りには御杖村、曽爾村・・・

大阪人は奈良県と親和性が高いといえる。なぜか村に憧れる。大都会とのミスマッチの魅力だろうか?

平城遷都1300年もあるけど、私にとっては、平城京よりもいにしえの秘境に惹かれる。

以前にも書いたことがあるが、大阪からの紀伊半島縦走ルートは3本、高野龍神スカイラインを入れると4本ある。名阪国道や国道163号、165号は大阪・伊勢間ルートで、これは横断ルート。したがって大阪-熊野・新宮間、縦走ルートは西から国道168号、国道309号、国道169号である。難所も多いが、近年は道路の改善もあって走りやすくなっている。

新宮方面の太平洋側への最速ルートは国道169号である。国道168号は十津川村経由ルートで谷瀬のつり橋を通る。

どこも変化に富んだコースで、今回の国道309号の起点は平野区平野馬場。千早赤阪村や御所、大淀町、下市町などを延々と走り黒滝村まで。このまま走ると天川村経由で、169号に合流する。この区間は御手洗渓谷以南が難所で、昔は離合困難な個所が多く冬期通行禁止となっていた。大台ヶ原も近い場所になる。

今日から弥生3月に突入した。これからいよいよ桜の開花を待つ季節。陽気もよくなったら、一度紀伊半島縦走ルートのドライブをおすすめする。

http://mb1.net4u.org/bbs/index.phpusid=salonbbs&mode=image&file=12.jpg&id=12

道の駅「吉野路黒滝」には、無料の冊子や地図、パンフレットなどがたくさん置いてあった。地図マニアの私は面白そうなのを少しもらってきた。「奈良大和路・観光マップ」はなかなかよかった。

どれにもアクセス地図が書かれているのだが、地元奈良県で発行された案内と、東京発行の観光案内はまったく違う。奈良県発行の案内では必ず大阪がJR環状線から書いてあるが、東京発行では生駒から西側はカット。大阪が一切書いてないのよね。これ先日、奈良在住の人に言ったら、認識されていたらしく、東京のやり口には閉口しているとのこと。

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写真2枚、広橋梅林付近

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アクセスマップ、奈良県地図。

ここで思い出したので補足しておくけど、奈良県の香芝から桜井あたりの住宅地を走っていると気づくのが中和幹線という道路、4車線の立派な道路だが、

名前が??、「中和」って何?ってこと。わかったようなわからんような名前。

調べてみたら、和歌山を連想するような、「和」は大和の和というらしい。ちょっと違和感を感じたというか。以前に一度調べてわかっていたはずなのに、しばらくたったら意味が思い出せない不思議。ってことで中和は中部大和の意味らしい。

もうひとつ、少し前に京阪電気鉄道は凄いと書いたのに少し誤り。

京橋で8時代の運転本数が、一時間40本と書いたが、以前は40本だったが中之島線開業後は39本になっていた。これでも凄いけど、訂正しておきます。

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