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2010年2月

2010年2月27日 (土)

大阪地下鉄の新線計画案

今回は審議会答申にない新規計画を私なりに発表する私案。

大阪地下鉄新線の提案「大手前環状線構想」。

大阪地下鉄の2008年の収支状況はWikipediaによると、以下の通りになっている。

御堂筋線 - 3557200万円の黒字

谷町線 - 695100万円の黒字

中央線 - 477000万円の黒字

堺筋線 - 18000万円の黒字

四つ橋線 - 28600万円の赤字

千日前線 - 22800万円の赤字

長堀鶴見緑地線 - 705800万円の赤字

今里筋線 - 976400万円の赤字

最近の報道では乗客の減少も伝えらるものの、御堂筋線の大幅な黒字と、谷町線に続く路線も収支が改善されている。ここで注目すべきは四つ橋線の状況があまり振るわないことである。

四つ橋筋自体は、昔の市電時代は南北線と呼ばれた御堂筋線に次ぐ重要路線であったのだが、比較的短い路線や他社線との連絡が悪いなど、地下鉄路線としての重要性は低下気味といえる。西梅田が終点というのも都市交通としては非常にマイナスになっている。

地下鉄という都市交通において、重要ターミナルは貫通させるべきで、起点・終点であってはならないと考える。この弱点はさいわい十三への延長計画が浮上しており改善の方向にある。

大阪市が過去に市営モンロー主義と呼ばれる態度を取ってきたのも、偏狭な思想なり構想力の不足になったのではないか? 他社との相互直通運転の少なさだけでなく、乗換えの考慮されてない駅もあったりする。

絶対的有利といえる高密度な市街地の中で、現状の大阪地下鉄の路線網はあまり面白くない。今後の計画線もその延長にあり、千日前線、長堀鶴見緑地線、今里筋線の末端延長計画があるにすぎない。費用対効果を考えても末端延長は費用の割にいまいちといえる。

なにより「阪神なんば線」、あるいは「なにわ筋線計画」の如く、短くても都心部に新規路線を造って既成線を乗入れさせるべきと考える。

私が以前から思っていたのは、「地下鉄で環状線ができないものか?」である。これまでの路線網形成過程を見る限りでは、地下鉄の環状線はまったく構想されていない。そこで四つ橋線の延長計画を環状線にできないかと考えたのが、今回の「大手前環状線」構想ということになる。上町筋の地下、大手前に通す路線なのでこの名称にした。

Subway_number2k

いくつかの条件を考えたが、環状線にして大阪の重要ターミナルをすべて結ぶ経路を選定した。

西梅田からルートを時計回りにたどると、北梅田(北ヤード地下)、十三、新大阪、淡路、都島、京橋、大手前、法円坂、清水谷、上本町、五條宮前、天王寺、阿倍野、松虫、北畠、千躰、沢之町、清水丘、北島、住之江公園、これで既設の四つ橋線につながる。あとは既設の四つ橋線、難波、四つ橋、本町、西梅田に戻る経路となる。

これで、西梅田、難波、天王寺、上本町、京橋、都島、淡路、新大阪、十三、北梅田と大阪最重要ターミナルをすべて結んだ環状線が完成する。

なぜ環状線なのか?環状線形成の考え方を少し書いておくと、環状線の場合は路線の経由地にかかわらず、外れがないこと。非常に乗客が多くなって儲かる路線になる。

環状線の形は円形よりも細長い楕円形や変形した形が良い。場合によっては「ドッグボーン型」と呼ばれる形も考慮したい。ドッグボーン型とは、模型鉄道のレイアウトの配線様式のひとつで、犬の骨の形からきた名前である。

たとえば、御堂筋線の北の終点、千里中央からUターンして戻ってきて西梅田につなげる。南の終点の中百舌鳥から戻ってきて、四つ橋線の住之江公園につなげると、御堂筋線と四つ橋線がつながって、ドッグボーン型の環状線になる。どっちにしても環状線にすると乗車率が平均して優良路線になる。

いまの大阪地下鉄の路線はみんな「行ってこい」の終点ですから、はしっこになると乗客が減るのは仕方ない。

東京に比べて、事業化が不利な点もあったと専門家も指摘していたが、それにしても志しの低さが気になる。きつい言い方になるかもしれないが、今里筋線のような場末と場末を結ぶ路線なんていらないでしょ。わたしゃ場末住みだけど、路線選定が下手の見本。乗換えを前提にしている考え方はよくない。安易に考えて通る場所を決めているとしか思えない。手薄な場所に通している感じします。

だったら、梅田から北側というか、淀川から北には御堂筋線しかないじゃないですか。淀川以北こそ手薄になってる。

JRや私鉄との相互直通運転の少なさなんかは誰もが認識しているので言いませんが、梅田を通る地下鉄がたったの3本というのもどうかと思いますよ。西日本最大のターミナルにたったの3本こそ恥ずかしい。東京の地下鉄、メトロと都営あわせて13本あるのですけどね。最近できた副都心線と大江戸線を除くと11路線です。それが全部都心というか、東京駅付近を通っているのですね。駅名は大手町や日本橋、日比谷であったりしますけどね。丸ノ内線だけは駅名も東京です。JR系の京葉線とか総武線快速なんかは含めずにね。

つまり東京の地下鉄は都心と場末を結んでいる。大阪の地下鉄は場末と場末を結んでいることになります。はい。だから今里筋線ができたりするのに、梅田にたったの3本になってるのです。私には大阪の地下鉄は不満です。

東京は大阪みたいに碁盤目じゃないし、東京の地下鉄を把握するのは難しいですから、東京住みの人も自分の使う線以外はよくわからないと思いますけどね。

2010年2月24日 (水)

春めいて大阪

ここ数日晴天となり、春めいてこころはずむ陽気に。

この陽気で梅の花も咲き出した。我が家にある梅の木も見頃になっていました。

陽気に誘われて、昨日は阿倍野区の桃ヶ池を覗いてきました。おだやかな水面にたくさんの鳥がいました。

よく晴れた一日で、夜になっても気温はあまり下がらないのか、温くすぎる。

本日、2/24日の出6:34、日の入り17:49、日の入りは早い時期から半時間ほど遅くなっていますね。四季の移ろいが意外に早いと感じるこのごろ。

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自動車のナンバーについては、大阪に触れずじまいだったので補足すると、「大阪運輸支局(寝屋川)」が『大阪』ナンバー、

「同支局・なにわ自動車検査登録事務所(南港)」が『なにわ』ナンバー、

「同支局・和泉自動車検査登録事務所(和泉市)」が『和泉』ナンバー及び『堺』ナンバーの管轄となっている。

ここで注意がいるのは『大阪』ナンバーは大阪市内は管轄外で、大阪府下の北摂、河内、概ね大和川以北が管轄。

『和泉』ナンバーは大和川以南、『堺』ナンバーは和泉検査登録事務所発行のご当地ナンバーで堺市、『なにわ』ナンバーは大阪市内全域となっている。我が家は昔は和泉ナンバーだったけど、なにわができてから変更になった。

和泉ナンバーについては、以前に「泉」の時代もあったが、これは狭域概念として和泉市の地名をとったもので、本来は泉州の意味ではない。手違いによるものと理解するのが正しいとしたい。

2010年2月23日 (火)

続、ナンバーの考察

山城ナンバーにはびっくりさせられたが、悪夢は現実とはならないように思える。よく考えてみれば、大阪の隣接府県はすべて一県一ナンバーということ。兵庫県は広いのと、姫路ナンバーは隣接していない。大阪の影響を考えると、事実上兵庫県も一ナンバーになっている。

この意味を考えると、関東や中部は逆になっているので、やはりあえてそうしてあるように思えてきた。京都府、奈良県、和歌山県とすべてナンバーは県都と一致した名称にしている。わかりやすく拠点性が強調されるナンバー名といえる。

京都府を例に例えれば、「山城ナンバー」ができたり、日本海側には「舞鶴ナンバー」ができたりすると、「京都ナンバー」が少なくなってしまう。京都ナンバーはできるだけ多くしておきたいと考える。私にはそれが霞ヶ関視点に見える。大阪のまわりにナンバーが増えると、県都の印象なり拠点性のイメージが減じるということではないか。

それに、どの府県も大阪ほどの影響力がない。府県という枠組みにくくられているにすぎないので、県名一致のナンバーにしておいた方が、各地がバラバラに大阪と結びつく心配もない。

前回書いたように、じっさい関東では東京都のナンバーよりも、千葉県などのまわりの方が種類が多い。まわりはバラバラにしておいた方が、結束力が弱まりすべてが東京のベッドタウン一色に見えるのではないか。これは広い関東に空港は羽田一つに集中させるのに似ている。その裏返しが大阪になるようでもある。

国政といえども、結局はすべての目標は、大阪を意識したうえでの大阪弱体化政策といえるのだが?

それと京都で思い出したが、東京の京都マンセーについて、私なりの結論を書いておきたい。以下にNHK「その時、歴史は動いた」から引用

 『日本の首都は、京都か大坂か、それとも江戸か?幕末の最終局面、都を京都から移そうという、大胆な計画が打ち出された。その行く先は、私たちが常識のように考えている東京(江戸)ではない。大坂であった。
 この大阪遷都案を画策したのは薩摩藩士、大久保利通。大久保の遷都構想は、17歳の若き天皇を、平安朝以来の京都の保守勢力から引き離すことで、新体制のリーダーとしての成長を促すと同時に、天皇親政の新たな近代国家が誕生しようとしていることを、国の内外にアピールするという、画期的なものだった。・・・
 幻に終わった、大久保利通の大坂遷都計画とはどのようなものだったのか?そして大久保はどのようにして、未曾有の大改革となる「東京遷都」を成し遂げていったのか。その背景の知られざるエピソードを紹介しながら。遷都が日本にもたらしたものは何だったのか考える。』

様々な書物でも語られる東京遷都劇であるが、じっさい京都人をだまし討ちのようにして、東京遷都は実現された。その後ろめたさが東京にはあるのではないか。せめてもの罪滅ぼしが京都マンセーになる気がする。でないと京都も大阪同様の扱いだと、それこそ東京は鬼畜生以上になって、全国から批判が集中する。

関連の写真はあまりないけど、東海道57次のひとつ「枚方宿」の写真、京阪5000系電車

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それに、高槻方面の写真

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2010年2月20日 (土)

考えさせられる車のナンバー

私事になるが今週、親戚で不幸があって、和歌山県でのお葬式に参列してきた。

通夜・告別式の通しの参列であったのだが、久しぶりに会う人や初対面の人たちとも挨拶を交わした。地元の人以外、多くは大阪周辺にお住まいの人たちだった。

みなさん車で、豊中・川西・宝塚・大和高田といったところから。

ナンバーを見ると豊中は「大阪ナンバー」大和高田は「奈良」、あとは全部「神戸ナンバー」だった。

当り前だが、宝塚も川西も「神戸ナンバー」だ。近畿地方はナンバーが少ないので兵庫県だから神戸ナンバーと思う人もいるが、これは官僚の思うツボにはまっているから。関東では必ずしもそうではない。

ところで昨夜浅い眠りについて、明け方近く悪夢を見た。いまだに夢かまぼろしかさだかでない。

『京都府のナンバーに「山城」ナンバーが追加された夢だった。実施は今日からと言ってた。不合理なことに、奈良や大阪ナンバー地域でも山城に変更があると言ってた。』恐ろしや。

閑話休題、神奈川県は横浜ナンバーばかりではないし、千葉県も千葉ナンバーとは限らない。基本は陸運局・検査登録事務所の所在地の地名になる。千葉県のナンバーは「千葉」「習志野」「野田」「袖ヶ浦」「成田」「柏」。船橋市や浦安市は習志野検査登録事務所管轄で「習志野」ナンバーになる。つまり狭域地名にするか、広域地名を採用するかもあるが、登録事務所が習志野市であれば、有無をいわさず習志野ナンバーとする傾向といえる。

兵庫県の場合は県庁所在市の広域地名を採用して、その管轄地域を西宮市・宝塚市・川西市・尼崎市・伊丹市と広く広域阪神間としている。もうひとつの「姫路ナンバー」は西部及び日本海側までの管轄となる。

なぜ、回りくどいことを言ってるのか? そこに官僚の意図が隠されているからといえる。

神戸ナンバーは官僚にとって、とくに意識されるナンバーといえる。全国同じ基準でやりたいのだが、神戸ナンバーは不合理の限界に達している。

神戸ナンバーは大阪ナンバーよりも登録台数が多い。全国2位の台数で、前例にならえば分割して新しい地名のナンバーを新設するのが通例。「西宮」でも「宝塚」でも候補はいくらでもある。だが、神戸ナンバーだけはどうしても分割したくないのである。最近は、ご当地ナンバー以外増やすのはやめてしまったと見る向きもある。

なぜ神戸ナンバーは分割したくないのか?

西宮や宝塚・川西などは兵庫県だが大阪のベッドタウンである。とくに川西市・猪名川町ともなると、圧倒的に大阪への通勤者が多い。神戸市への通勤人口は限りなくゼロに近い位置といえる。

それが兵庫県・神戸ナンバーというだけで、なんとなく神戸に近いイメージになる。山の手住宅地を大阪から切り離し、神戸イメージを補強しているのが神戸ナンバーであり、官僚の意図だったのだ。

だから神戸ナンバーだから神戸とは限らない。淡路島もあれば、川西・猪名川町・宝塚もある。巷のナンバー論議も多いがそこまで考えていますか?

つまりは、大阪圏の巨大イメージを阻止している。

Osaka1_085m

西宮の六甲東部の住宅地から見る大阪の市街地

2006090203_019

六甲山からの大阪市街。梅田方面や少し右よりに弁天町も確認できる。

※参考資料として某掲示板、都市計画板から引用(秀逸原稿)

兵庫県 区市町別 大阪依存度 ランキング
15
歳以上男子就業者(世帯主が多い)の大阪への通勤率

1.川西市   能勢電沿線に広がる住宅都市
当地に常住する就業者・通学者  41,030 
内、大阪府に従業・通学     20,803

(大阪依存度 50.7%)

2.猪名川町ラッシュ時は、梅田まで直通特急あり
当地に常住する就業者・通学者  8,074 
内、大阪府に従業・通学     3,879

(大阪依存度 48.0%)

3.芦屋市 大阪の山の手
当地に常住する就業者・通学者  24,007 
内、大阪府に従業・通学     9,935

(大阪依存度 41.4%)

4.宝塚市  山沿いに高級住宅地が広がる
当地に常住する就業者・通学者  58,229
内、大阪府に従業・通学     23,702

(大阪依存度 40.7%)

この投稿原稿によると、神戸市区別資料もあり、神戸市自体が大阪のベッドタウンと結論づけていた。偏向報道でのイメージ固定はことのほか大きいようだ。

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2010年2月18日 (木)

地味に凄い京阪電気鉄道

前回のJRのデータにもあったのが私鉄との比較。都市大阪の特質を語るうえで忘れてはならないのが、私鉄の存在ということになる。

大阪の鉄道網は昭和初期にほぼ現在の路線ができ上がっていたが、とくに私鉄の発達は目覚ましく、東京の私鉄より早い時期に発達した。これは大阪が西日本の突出した中心であったことによる。

大阪市の人口は戦前のピークには330万人を数えていた。現在の人口が260万人であるから、大きく減少しているのが分かる。大阪市域の面積は現在よりも狭いので、驚くほど人口密度が高かった。埋立地増加と昭和30年に周辺の編入の実施があったので戦前に比べると少し広くなった。

市域人口は戦時下の減少もあるが、都市化・郊外化の人口移動による面が大きい。大阪市域の場合の人口減少は都市の拡大・発展の条件であり、衰退ととらえるのは間違いである。

私鉄の存在はインフラ企業グループを形成しつつ、意欲的に多様なサービスにも進出しているのが特徴になる。現在に引き継がれる私鉄企業の街づくりといえる。梅田・難波・天王寺など、私鉄が開発を引っ張っているのが分かる。

在阪私鉄各線はどこも、大阪に近くなると複々線区間が多いのは周知の通りであるが、では、どの線が輸送量が多いのか? 大阪地下鉄御堂筋線の輸送人員がNo.1であるものの、人キロと厳密に私鉄に限ると、最も多いのは京阪本線であろう。

12055

120_1

写真は2枚共、京橋駅で。

京阪の京橋駅での、平日8時代の天満橋方面の運転本数はじつに40本に達しており、これは130秒間隔になるから凄い。おそらく、複々線だから達成できたはずで、これだけの運転本数は御堂筋線をおいて他にない。東京のJR線では、昔から中央線快速がダントツの通勤路線と言われていたが、それでもピーク1時間当り30本、2分間隔が限界と言われる。山手線などはせいぜい20/h3分間隔と思われる。

なぜ京阪だけがそうなったのか? これは不明だが、守口・門真・寝屋川・枚方方面が後背地も広く、おびただしいベッドタウンの発達がある。もうかなり古くなったが樟葉などもバリバリのニュータウンである。

明るい住宅街の雰囲気はここまで。輸送量は京都に寄ると先細りになる。京都に近くなり八幡市や淀あたり過ぎると持ち直すだろうが。中書島では宇治線が分かれ、丹波橋は近鉄京都線の乗換え駅となる。

三条以北は京阪鴨東線を名乗るが、運転系統が変わるわけではない。淀屋橋-出町柳間が事実上の一本の線である。

終点の出町柳には叡山電鉄の始発駅がある。鞍馬や八瀬比叡山口へ線路は伸びている。規模は違うが京阪本線と直通運転させると面白いと思うのだが。

2010年2月13日 (土)

JR西日本のデータから

JR西日本のWEBにある「データで見るJR西日本2008から、輸送量の推移と駅の乗車人員を取り上げることにする。データ・統計だが、そこからいろんなことが読み取れる。

統計をどう読むかは、数字そのものも重要だが統計をどう表記しているかで、出す側の意図なり心理が分かる。東京と大阪を比較すると、大阪人は読むのが素直すぎて、へたくそ。その点、東京は統計慣れしていて、上手いのが見て取れる。悪くいえば誤魔化すのが上手い。

前回と同じで、モアレがひどいけど、PCを撮影した画像で見ることにした。スマートな表示ができないので。

最初の画像には、上に西日本旅客鉄道発足の昭和62年からの輸送量の推移。折線グラフはスタートを100とした推移になってる。下には在阪私鉄5社との比較の数字がある。JR西は大阪周辺(電車特定区間)の数字。

私鉄5社合計のピークは平成3年で、2,545百万人、JRは平成7年で1,012百万人、阪神大震災の年になる。阪神大震災を考慮しない場合は平成5年で一旦ピークがあるが、震災復旧はJR有利に働いた。

輸送シェアはスタートの昭和62年でJR809百万人、私鉄5社2,417百万人で、私鉄はJRの約3倍の輸送をしていた。それが直近の平成19年ではJR966百万人、私鉄1,893百万人となって2倍を割り込むシェアになった。私鉄の低落傾向に比べて、JRはほぼ120%をキープしている状況といえる。

JR・私鉄合計ではピークは平成3年、3,476百万人、平成19年で2,859百万人と82.2%までの落ち込み。近距離輸送になるので、車での移動が大きくなった可能性。他には人口の停滞が考えられる。

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2枚目の画像はJRの駅の乗車人員(平成19年度一日平均)である。これは西日本全駅。

大阪・京都・天王寺・京橋・三ノ宮・鶴橋・神戸・広島・新今宮・高槻・岡山・明石・北新地・元町・新大阪、このへんが乗車人員の15位までのランキングになる。

これも細かく分析するには経年の推移が必要になるが、手許にないので、とりあえずこれで読み取ることになる。

ここで注意がいるのは、新大阪の数字は新幹線の乗客を含まない在来線のみの数字であること。逆に京都の数字は新幹線を含めた合計の数字になってる。下にあるJR東海の方に新大阪の新幹線分が掲載されている。

新大阪の場合、新幹線はJR東海、在来線はJR西日本と管轄が分かれている理屈も成り立つが、同様に会社が分かれる京都駅は分けていない。そこにこの統計数字の印象操作がある。東京駅、新大阪駅は新幹線のみの数字と、但し書きが小さくあるのがおわかりだろうか。東京駅も東海と東日本に分かれている。名古屋駅はJR東海だけになる。だから名古屋駅の乗車人員は分けていない。京都180,412人、名古屋191,000人と近い数字になる。

こうした統計はどうしても東京視点になりがち。分ける分けないなど、どのようにしても勝手というのが統計数字。JR駅ランキングでは総じてJR神戸線・京都線のラインで強いといえる。

京都駅が意外に多いという感想とすれば、印象操作があるから。これこそが東京視点、東京の深層心理になる。私は長年鉄道マニアやっているので、私自身も東京視点になってるから東京心理の脳の中まで透けるように見える。

その心は京都・名古屋をできるだけ大きく見せて、相対的に大阪を小さく目立たなくしたい心理といえる。そうでもしないことには現実の大阪の巨大さを知ると、恐怖感に襲われる。

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大阪の巨大な都市域は大阪市に収っていないのは周知のことで、市域から相当にはみ出している。大阪市の人口は大阪の規模を反映した数字になっていない。意外に知られていない事実といえる。

もう一つ左下にJR東日本の駅の数字が参考に掲載されている。新宿・池袋・渋谷・横浜・東京と並んでいる。昔はこの中に大阪を入れるとかなり上のランクになっていたが、東京が伸びて大阪が低落したので、最近は渋谷にまで抜かれた。これも東京自慢になる。

もう一つは東京駅が、下の方のランクになってることも東京の自慢になる。新宿や池袋が東京駅より上なのが自慢。東京駅は駅の規模といい、まわりのオフィスビル街といい、凄いのを見せておいて「東京じゃもっと上があるんだぜ」ってこと。逆にいうと天王寺や京橋が大阪駅以上だったら、東京視点では許せないのよね。

「地方は中心駅以外に凄いのはあってはならん」というとこになるかな。

東京自慢は東京だけの特徴にしておきたい願望が強いといえる。国鉄・JRの精神は、西日本会社といえども完全に東京の精神になっている。だからJR神戸線・京都線はよくしても、他の線はよくしないのが法則。

大阪の鉄道輸送量シェアでJRが伸びたといっても、在阪私鉄はまだJRの2倍のシェアを保っていることにも注意すべきである。それに大阪地下鉄の数字は含んでいない。ベッドタウンといえる大阪府下、兵庫県下・奈良県の大阪の衛星都市群ではやはり私鉄駅が中心になっているケースが多い。

豊中・吹田・守口・門真・寝屋川・枚方・東大阪・八尾・藤井寺・狭山・河内長野・堺・高石・泉大津・岸和田等々、JRの存在感の薄い地域も多い。豊中市・箕面市や河内長野などはJRの駅そのものがない市も多数といえる。

正直、人口の停滞もあって、大阪周辺の私鉄は近年は変化にとぼしく面白みがない。私鉄の整備においても関東との差が開きつつあるのが気になる。

東京の街をつくり得たのは素晴らしいけれども、大阪の存在があったことが東京をこれほど巨大な都市にしたのではないか。二大都市の都市間競争において、大阪を突き放し、大阪を名古屋や福岡と横並びのしたいのが東京及び政府の願望であったように見える。その東京が飛び出したのが最近の状況といえる。

明治維新以後、100年以上に渡る壮大なマラソンレースを見るようであるが、まだ終わったわけではない。終わりのないレースである。

2010年2月11日 (木)

JR3月13日時刻改正の時刻表

写真は近鉄の車内にあった広告。「大阪周遊パス」と「大阪海遊きっぷ」「神戸1dayクーポン」とか。乗り放題きっぷで、大阪地下鉄をメインに発駅からの各私鉄にも乗れる一日きっぷ。神戸1dayも同じようなスタイルだし、近鉄も阪神なんば線直通運転以後神戸観光に余念がないといったところ。

こうしたお得きっぷで大阪観光巡りや、大阪の街の見直しになっている。いまでは大阪在住者が自ら市内観光する姿がよく見られるようになった。主たる利用は各私鉄沿線が多いのと、遠距離からの利用者も大阪に宿泊してから、このきっぷで大阪を周遊するのが一般的になっている。

では、遠隔地からのきっぷはないのか?JRの新幹線などとセットにした割引きっぷがあればと思うのだが。

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じつは、少し前からJRの時刻改正が気になっていた。それで時刻表を何十年ぶりかで買ってきた。ポケットサイズもあるけど、大きなB5版で分厚いの。JTBのにした。これしか置いてない本屋さんなので。

まだあまり読んでないけど、時刻自体は312日までの時刻になってる。でも時刻改正の要点が載っている。この改正で学研都市線は分割併合をやめて京橋-木津間全区間7両編成にするとか、特急「くろしお」系統の鳳停車を取りやめて日根野停車を21本に増やすとか。いろいろ。

内容はほとんど昔と変わってないね。30年、40年前とまったく同じ。飛行機とか、地方の私鉄とか、長距離バスとかの時刻掲載は多くなった感じだろう。

しかし、あまり言いたくないけど、東京中心主義が見えすぎて、気分が悪くなるのが本音になる。

やっぱり、JRは昔も今も変わらない。分割民営化された効果は時刻表に関してはまったくないね。時刻表は掲載しているだけだから、JRグループの姿勢になるけどね。西日本旅客鉄道って、本社が大阪とか表向きなんだろうか? そんな疑問も。

一度甘い汁を吸った組織は、制度が変わろうと既得権の温存を図ろうとするのか?

時刻表というのはJRの営業案内なので、すべての運賃や切符の規則も載っているのですよ。だから、JRの切符売場の窓口の職員もこれを使っている。

ひどいなあ、そう思うのは後ろの方のさまざまなフリーきっぷという割引きっぷ。これが東北各地から東京フリーエリア間に設定されたり、北陸エリアからも東京フリーエリアまでとか。東京フリーエリアもけっこう広い。大宮から、東は取手・蘇我、西側は久里浜、高尾・奥多摩あたりまで。首都圏内からのフリーきっぷというのも多い。

要するに、東北・北陸と東京間のフリーきっぷと、東京圏内自由のフリーきっぷも多い。ズバリ「東京フリーきっぷ」は東京フリーエリアと東京メトロや都営地下鉄などがセットになっている。内外自在のきっぷが絢爛の様相。

東海のフリーきっぷは「青空フリーパス」。

京都・奈良のフリーきっぷは「京の遊々きっぷ」と「奈良・大和路遊々きっぷ」。

あとは山陽・四国のフリーきっぷ、九州のフリーきっぷ。

はやくいえば、各地と東京を結ぶフリーきっぷはおびただしい種類があるが、大阪のきっぷはゼロ。完全スルーになってる。これ、おかしくありませんか?

大阪も観光客の誘致とか、いろいろ努力しているのに、JR西日本はまったく協力していない。それどころか、北陸・名古屋間の運賃は西と東海の会社違いなのに往復割引になってる。逆に北陸は大阪と同じ西日本会社管轄なのに、大阪・北陸間では割引なしって(笑)

JR西日本が独立した会社とはとても思えない。まったくJR西日本の存在は反映されてないのだが。意見を聞く「きく像」ってあったけど、質問したらどう回答があるのか興味深い。内容的には昔と同じだが、時刻表マニアとか職員は疑問に感じないのか?

これ東京崇拝が心地よくても、普通にみてひどすぎるよ。

大阪だけじゃなくて、全国が人間扱いされていない。どう言ったらいいのか?

全国は東京の植民地扱い! 奴隷制度を垣間見る思いというと大げさだろうか?

立ち読みでもいいから、時刻表を見ることをおすすめしたい。

こうした大阪スルーは昔からだったから、わたしは「大阪周遊パス」とか、大阪独自のきっぷが発売されるようになったのを喜んだ。でも、これは近郊限定だからね。JRだけは使えないし、大阪周遊パス自体も鶴橋エリアは漢字なのに、キタエリアやミナミエリアとか、刷り込みがひどい。ダサくて大阪の価値を落とす言い回しが気に入らんのよね。

なんで鶴橋なんか入ってるんのよ。東京に踊らされる大阪よ、目を覚ませと言いたい。

2010年2月 7日 (日)

近鉄の概略と当WEB「大阪情報サロンⅡ」のアクセス解析

前回、近鉄のことを書いたので、少し補足しておきたい。

近畿日本鉄道は明治43年設立、大正3年上本町-奈良間開業の大阪電気軌道を母体とする。

日本最長の路線を有する私鉄であり、本社を大阪・上本町に置く。

参宮急行電鉄・関西急行電鉄などを合併しながら、昭和16年に大阪電気軌道から関西急行鉄道となった。さらに昭和19年の戦時下に政府の要請から南海と併合した時点で近畿日本鉄道の名称が誕生した。しかし昭和22年に南海は再び分離、譲渡することになった。

大小の私鉄の統合などを繰り返しての拡大であったため、極めて複雑な経過をたどった。

鉄道・運輸以外にも、広域かつ多岐に渡る企業グループを形成している。主たる拠点は大阪・上本町にあるが、流通の中核企業、近鉄百貨店の本社は阿倍野にある。

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写真は近鉄上本町ターミナル

伊勢電鉄・関西急行電鉄で成立した名古屋-伊勢中川間は狭軌であったため、大阪-名古屋間、名古屋-伊勢間の直通運転はできず伊勢中川乗換えになっていたが、昭和34年に伊勢湾台風の被災をうけ、復旧工事は大阪線直通可能な標準軌で復旧された。これは近鉄だけでなく名古屋・伊勢地方に大きな恩恵となった。新幹線開業後の名古屋乗換えのルートを開いたことになる。

近鉄の主要路線は奈良線(難波-奈良)、大阪線(上本町-伊勢中川)、山田線(伊勢中川-宇治山田)、名古屋線(名古屋-伊勢中川)、京都線(京都-西大寺)、橿原線(西大寺-橿原神宮前)、阿部野橋起点の狭軌線、南大阪線(阿部野橋-橿原神宮前)などがある。

他に相互乗入れとして、阪神なんば線、大阪地下鉄中央線、京都地下鉄烏丸線との直通運転がある。

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阿部野橋ターミナルビル完成予想図

現在、近鉄でとくに大事業なのは、阿部野橋ターミナルビルが建替え工事中であり、(仮称)タワー館として高さ300mの日本一のビルになる予定になっている。

どういう経緯で決定されたのか? よくわからないけれども、この事業は私には近鉄の押えていた叫びとも思えた。

発表時にも様々な人のコメントを見たが、必ずしも評価の高いものではなかった。

「天王寺・阿倍野に建てても、無理!」「梅田・難波を超えることはできないし」「失敗するんじゃ?」とか、散々だった気がする。こうした意見は「近鉄に向けたものでなく、天王寺に向けた意見のようだった」。。。

近鉄としても前回の「フープ」のように、自信を持って建てたビルが必ずしも正当な評価を世間から受けない。そんなイラダチがあったのではないか。在阪のマスコミも見向きもしないとは? 笛吹けども、誰も踊ってくれない。そんなイライラといえる。

大阪には南北問題というのがある。開発の南北格差といえばわかりやすいだろう。大阪のマスコミもポジティブな話題になると、どうしても難波から北の話題になり、天王寺はスルーされることが多い。

近鉄の主たる本拠地は上本町と阿倍野になる。マスコミ感覚だと不利になるのは否めない。

近鉄難波駅や上本町駅を「大阪難波駅」「大阪上本町駅」と改称したのも、近鉄バッファローを「大阪近鉄バッファロー」にしたのも、全部つながっている。

近鉄は振り向いてほしいばかりに「こっち向いて!」のコールが、頭に「大阪」を冠することだったといえるのではないか? マスコミの偏向が「近鉄の叫び」となったような気がしている。いわば、近鉄日本一ビルは「トドメの叫び、最後の叫び」、これで振り向かないのなら、もう終わりや!

東京のマスコミは、徹底的に大阪は洗練とかオシャレな報道はしない。その一方で、京都・神戸は持ち上げられる傾向が強い。在阪マスコミもそうした偏向に感化を受けるからか、流されるからか? 京都・神戸の話題を入れることを忘れない。へんなことになっている。

在阪マスコミ関係者は、最近は気付いたのかすこしマシになった気もするが、どうだろう。

この記事がピント外れであればいいのだが、この話題はこのへんで。

で、もうひとつは当WEBのアクセス解析のこと。

たまに見ることはあったけれども、それはたんにアクセス数だけだったが、昨日何気なく、初めてアクセス数の詳細があるのに気付いた。

それを見ると「ココログ」のアクセス解析はかなり詳しいことがわかった。なかでも興味深かったのが、都道府県別のアクセス数だったので、これを紹介する気になった。しょぼいアクセスは承知のうえで公開したい。

期間の違いもでるけれども、平均値になると思えるすこし長い期間の数値。

それによると、大阪が約40%、続いて東京・神奈川ともに16%強、これが3強になっている。

東京・神奈川で32%強だから、合わせても大阪には及ばないけれど、けっこうな比率のアクセスがある。あとは兵庫・福岡・和歌山・愛知・奈良と続く。近畿地方では京都が少ないけども、和歌山が健闘しているのはすこし意外な気がした。カウントは少ないけど、ほとんどの道府県からアクセスがあった。

正直、なめていたわけじゃないけど和歌山を見直した。これがぼくの感想。

高級な貼り方が判らないので、パソコンの画面をデジカメで撮影して、それを貼り付けることにした。

WEBの内容は大阪メインの話題になるから、アクセス比率が大阪への関心の高さに比例していると思うのだが。

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解析対象期間: 2009111() 201026()

集計アクセス数:2402

2010年2月 6日 (土)

阿倍野フープ知っていますか?

阿倍野フープ知っていますか?

関空・紀州路快速で天王寺に帰りついた。天王寺は我が家の玄関同然といえば少し大げさになるけど、どこに出かけるにも天王寺のお世話になるのが、南部の人間の宿命か?

じっさい、天王寺まで帰り着くと、やれやれとほっとする空気がある。長距離旅行なんかだといっそう感慨深い。

帰り着いた安堵と旅行の思い出が交錯する。今回は梅田までのプチ旅行だが、梅田は自分にとって外部になるのかもしれない。

ここまでくれば急ぐこともないので、天王寺の空気を吸って帰ることにする。

天王寺ステーションプラザに、北側のエスカレータで3階まで上がって、売り場内を歩く。

改装された店内には近商が見当たらなくなっていた。撤退したのだろうか?

デパートにしても専門店ビルにしても、頻繁に改装しているが、改装された店内は以前とさほど違うわけでもない。正直、改装の理由がよくわからん。くまざわ書店を見ると確かに以前と配置が変わっていた。

2階に下りて、歩道橋から近鉄側に渡る。ターミナルビル工事のため近鉄阿部野橋駅のコンコースはかなり東に移動している。切符売り場まで来て、切符を買って改札に向けて歩き出したら、南側外部のフープ方面が見えたので、ちょっと覗いていく気になった。

「阿倍野フープ」は近鉄の南側のお隣にあるのだが、分かりにくい感じだった。だから近鉄阿部野橋駅利用者でも、意外に知らない人が多いのではないかと思う。

阿部野橋ビル工事のために、駅がかなり東に移動したのだが、これによってフープ・アンドへの動線が返ってよくなったようだ。動線というより視覚的に見える位置になったというべきか。

いずれにしても、近鉄はフープ・アンドのPRをもっとすべきと思う。街歩きが好きな人間以外にはほとんど知られていない。

何より痛いのは、在阪のマスコミや大阪人にさえ認識されていない。天王寺にこんなビックリするようなビルがあるなんて、誰も思っていない。

全国を見渡しても、これほどハイセンスかつ前衛的なビルがあるだろうか? 「いや、ない!」が私の結論だった。

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私も初めてフープを見たときは衝撃だった。既存の概念を払拭するようなビルといえる。大阪の人にはぜひ一度は見てほしいビルだ。

今なら近鉄本館が解体されたので、歩道橋方面からも上部は見えるようになったが、それでは見たことにならない。ふ~んで終ってしまう。現地に行って、建物の内部も見てほしい。

巨大な円形の56階部分の庇はビッグサークル。外側には無数の照明があり、点滅によって変化するようだし、ビッグサークルの下に取り付けられたサーチライトも、音楽に反応して下を照らすようになっている。

そんな幻想的な空間で、しばしばライブなども開催されている。

特筆すべき「阿倍野フープ」であるが、平成12年竣工というから、すでに10年になる。

未来永劫に陳腐化しない、永遠の輝きを保つビルではないかと思える。近鉄の商業ビルである。

建築主は近鉄、運営は近鉄百貨店。

平成12年竣工。設計は竹中工務店、施工は竹中工務店、他3社JVになる。

そんじゃそこらの建築ではないと思っていたから、さすがは竹中工務店というべきかもしれない。

2010年2月 5日 (金)

天王寺までの電車の選択肢は?

とりとめもなく考え事をしらがら、梅田からJR大阪環状線で天王寺まで帰ってきた。

大阪駅御堂筋口から、第一選択は西回り(内回り)各駅停車と思ったが、すぐにきた電車は内回り、関空・紀州路快速だった。これに乗った。多少の時間よりも疲れた身には座席確保が優先だったのだが。

京橋・鶴橋方面行はいつも混雑しているのと、やはり駅の数が多いので少し時間が余分にかかる。さりとて、西九条・新今宮方面もスムーズに走ってくれない困った電車なのだ。

予想通りというべきか、混雑度の高い快速なので座席にはありつけなかった。阪和線専用の223系快速、2列・1列の転換クロスシートの座席の収容力は小さい。

立ったままなら、早く走ってくれることを願うしかないが、逆にとんでもないモタモタ振り。悪い予感が当ってしまった。

福島をゆっくりノロノロで通過。野田の手前で停止してしまった。「なんじゃ、これ!」・・・遅れの「はるか」でも通過するのかと思ったが、それはなかった。いや「西九条に停車していたのかもしれない」「いや、それもないな」。

「はるか」が西九条に停車していても、西九条は島式23線、はるかは中線なので環状線のジャマにはなりゃせん。

こういうことがあるから言うわけじゃないけど、わたしゃ、環状線に快速だの、特急だのを走らすのは反対なんじゃ。全部グルグル運転にすべきと思っとる。

「こりゃ、いかんよ!」・・・新今宮では危険だし、どっちみち平行ダイヤで追抜けないのだし。

だから、なにわ筋線の事業化、完成に全力を注ぐべきと思っとる。

わかるよね!なにわ筋線とは?環状線西側の普通と快速(特急も含めて)の分離運転が実現することになる。快速・特急はなにわ筋線を走らすわけだ。それで梅田・新大阪まで最短で関空・和歌山を結ぶことができる。

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写真上:223系紀州路快速(和歌山駅)

写真中:天王寺での環状線、紀州路快速の離合風景

写真下:201系大和路線普通(奈良駅)

弁天町を出たら、まずまずの調子で走ってくれたけど。今宮が近づいたら、またまたスピードダウン。そうなんだよね!新今宮もネックになっとる! 

「はるか」一本がすこし遅れるだけで、大和路線・阪和線・環状線全部には波及する。これがいちばんの「こまったこっちゃ!」・・・

JRもこれがわかっているので、最近はやや手直ししたけど。知っていますか?改悪の手直し。

新今宮の東に、大和路線と環状線の渡りを新設したのはよかったけど、環状線外回り、天王寺で新今宮方面行が長時間停車させられることになった。「これがいちばんいかん!」。

それでなくても、環状線西側は天王寺で段落ちして、本数が少ない。概ね2本に1本は天王寺止めになる。待ちくたびれて、14番線で電車を待つ人の顔は疲れ切っている。「もう二度とJRには乗るまい」そんな表情。

天王寺14番線、新今宮・弁天町方面の時刻表を見るがいい。おそらく10分以上、いや15分くらい待たされる気がする。「はるか」や「快速」の環状線直通のしわ寄せがどこまでも消えない。むしろ増大している。

天王寺や大阪のような大きな駅で長時間停車するもいかん。この意味をわかる人は少ないと思うけれども。絶対にNGご法度(利益の分散効果がなくなる)。

環状線や地下鉄のような短距離の通勤通学電車ではいかんの意味になるが、快速や特急ならばかまわん。

JR西日本は完全に逆になっちゃってる。快速の乗客集中に比べて各停は余裕があって、バランスが崩れてるからでもある。

別の系統の線に乗換える場合、JR西日本は徹底して同じホーム上で乗換えられるよう工夫しているけども、天王寺では放置状態。わかりやすいのは阪和線下り、発車番線が地上ホームと地下ホームに分かれる。とんでもない。そればかりではない。

天王寺から弁天町・西九条、あるいは大阪まで行く場合、各停か快速か迷うことが少なくない。それこそ同じホームならば先に出る電車に乗ればいいのだが、天王寺ではそうはいかない。各停の環状線外回りは14番線、快速は大和路線ホームの17ないしは18番線となる。

先日、この場面に遭遇した。天王寺から大阪までの乗車で、迷いながら大和路線ホームに降りたら、環状線外回り電車が停車しているのが見えた。それを見たら急に各停で行く気になった。しかし、一瞬の考えでは「階段かけ上がっても間に合わないだろう」の判断が先に立ったのだが、ホームで電車を待つ間ブラブラしていたが、いつまでたっても環状線外回りは発車しない。

そのうち大和路線・JR難波行各停がすべり込んできた。

これまた瞬間的に「これに乗って、新今宮で環状線に乗換えればいいや」「階段の上り下りがはぶけるし」と思った。半ば決まりで大和路線の電車に乗って新今宮に向かったが、おそろしく遅い環状線の発車に、さては? また予想がひらめいた。

この乗った各停のあとに来る、大阪行の大和路快速が環状線より早く新今宮を発車する気がしてきたのだった。それなら各停に乗りたいのに、快速に乗らねばならんことになってしまう。結論をいうと、この予想が当った。

あれだけ天王寺で散々待たされた環状線外回り電車は、新今宮でも快速を先行させるために無駄な停車を余儀なくされているのだった。「つきあっとれん!」

けっきょく、私は大和路快速大阪行に乗ったのだが、ここでも乗客の快速集中が見られる。

大阪の人は快速・急行好きと見えるけど、そうゆうダイヤにしてしまってるのよね。

ある意味、東京のJRとか大阪地下鉄は偉い。全部が各停というのが。

東京のJR線ってほとんど全部各停だったと思いますよ。たしかに中央線なんかは特別快速「特快」というのもあったりするけど、停まらない駅はホームがないのですね。だから東海道線も有楽町や浜松町に停まらなくても快速ではなく「普通」になっちゃう。

阿部野のこと書くつもりが、電車のことオンリーになってしもた。

阿部野は次回ということで。

2010年2月 3日 (水)

梅田も見るとこ多くなったね!PARTⅢ

久々の電車で梅田だから、阪急グランドビルにも上がってみなくっちゃ、ね!

大阪駅御堂筋南口から阪急への、例の横断歩道の阪急側は閉鎖されているらしいから。さて、どうしたものか? ショートカットがいいかも? 歩道橋に上がって2階入口から、店内横断で阪急グランドビルを目指す。

阪急グランドコンコース側の、東寄りにあったエスカレータで1階に下りる計算だったが、すでにその部分は解体工事に入っているようで、あの煌びやかな売り場の内外は消滅していた。右往左往したが、エスカレータは西側と南側にしかなく、仕方なく南側のエスカレータで1階に下りた。出口は? これまた判りにくい。北寄りにあったのだが、クランク形の通路から狭い工事中のコンコースに出た。あの阪急の象徴のようなコンコースは見る影もなかった。営業を続けながらの工事は大きな犠牲を伴っているようだ。

これで場所ははっきりしたので、阪急グランドビル高層階エレベータホールまでらくらく到着できる。

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上の写真は地上からのやつ。ここから下に阪急グランドビル高層階からの写真になります。もう梅田北ヤードは見えなくなってしもた。

南側からの展望もすこし入れてっと。

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思えば大阪駅北口、梅田北ヤード側の賑わいはヨドバシもあるが、阪急梅田駅があってのこと。広域的な地下街もないので、人は地上を歩くことになる。大阪駅南口は逆に基本地下街の賑わいといえる。私鉄駅では圧倒的な規模の阪急梅田駅が、JR線北側にあるのも北ヤードには追い風になりそうだ。

地下鉄御堂筋線の流れも阪急側の北への流動が大きい。あとは阪神梅田駅、それに谷町線東梅田駅と四つ橋線の西梅田駅だが、やや規模が小さい。将来的に北口側にJRの地下新駅と、地下鉄四つ橋線の新駅が望まれるところ。

大阪駅の全面開業に思いをはせると、先日の「大阪ステーションシティ」「ノースゲートビル」などという名称発表が頭をよぎる。

「グラントウキョウ・ノースタワー」「サウスタワー」と名称が似てるという話もあったけれども、グラントウキョウの方は、どっちも八重洲口側になる。私にはへんな臭いを感じてしまう。

こりゃ得体の知れない勢力の策略ではないのか? どうしても東京と同列にしたくない勢力というのも確実に存在するようだ。多くは中央省庁が関与しているように見受けるが、そういう勢力によって大阪の権威は失墜させられる。

こうしたネーミングの基本戦略は東京をお手本にすべきなのである。それは東京の権威付けにそった研究なり材料がそこかしこにあるからでもある。通常は駅ビルそのものが東側ならば東口。西側ならば西口の名称が与えられるのが、東京・関東の駅になる。

現状の大阪駅は南側が、東から「御堂筋口」「中央口」「桜橋口」の呼称を与えられ、北側は東から「御堂筋北口」「中央北口」となっている。これは民営化以後のことになる。

御堂筋口などというのも、いささか無理のある感じもするのだが、決めてしまえば多少の無理も定着してしまう。

地名に関していえば、関東全般にどこも泥臭いのに、東京都心は異常に格好のよい地名であるのも不思議といえる。人為的に研究された結果、洗練を加えた気がするのだが、どうだろうか?

そこで地名、施設名称の考察をすこしやってみたい。権威や価値を高める地名とは? 昨夜のNHKローカルのニューステラスでやっていたが、「大阪城梅林の梅が咲きだした」とあった。

これは判りやすい例といえる。東京の原則に従えば、「大阪城」と言ってしまうとダメなのが明白である。大阪城のどこかが重要になる。

東京の桜の名所で著名な場所といえば、千鳥が淵であったり、北の丸公園であったり。警視庁は桜田門であったりする。どれも皇居なのだが皇居とは言わない。それが戦略といえる。大手前も森之宮もひとくくりの大阪城とえらい違いなのだ。半蔵門などはメトロの路線名にもなっている。べつに有名かどうかはどうでもよい。そう命名することで命を吹き込む。マスコミで2~3度伝えれば完璧である。

つまり皇居や宮城などとは言わないのが原則になっている。だから大阪城梅林の名前そのものが悪いといえる。大阪城梅林が面白くなければ、外濠などに別の名前が必要になる。解りやすさが優先される大阪だが、むしろ解りにくい名前が権威付けとなる。歯の浮くような名前になっても、それで通すことで重みが出てくる。東京が堀や濠ではなく淵としているのもそうした意味あいからであろうか。

東京駅は西口、東口などといわず、ご丁寧に皇居側を丸の内口、裏側は八重洲口としている。それだけに飽きたらず、それぞれ北口、中央口、南口がある。丸の内北口、丸の内南口といった具合であるのは誰もが知るところだろう。

国鉄民営化後、名古屋駅と京都駅は裏側の新幹線口側にもちゃんとした名前が与えられた。

名古屋駅の東側は桜通口、西側は駅ビルもないのに太閤通口となっている。京都駅も北側が烏丸口、南側が八条口になったが、駅ビルのないのは名古屋駅と同じ。これは四全総以後、京都と名古屋を持ち上げる、国土計画が策定されたのに符合している。

第5次全国総合開発計画は、国土のグランドデザインとなって名称は変更されたが、名古屋と京都を中枢地区と位置付けられた。内容的には中部圏は世界的な産業の中枢、産業首都とされ、近畿圏は文化首都として、文化の中枢圏とされた。

近畿文化首都の名称には具体的な都市名が明記されず、暗に京都を念頭においた記述で、国土計画において大阪はスルー同然の扱いにされたのだった。

あれから20年以上の歳月が流れたのだが、政府による名古屋・京都の持ち上げ政策の結果、駅ビル建設や、高速道路網の整備などにおいて著しいものがある。

駅ビルなどの事業主体はJR東海や、JR西日本と直接には民営会社となっているが、確実に政府の政策とリンクしているように見える。

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