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2009年11月25日 (水)

北浜散策:そのⅢ

北浜は証券取引所がある場所柄、証券会社の集った地区である。

大阪では同じ業種の会社が同じ地域に集っているケースが多くみられる。クスリの道修町や機械工具の立売堀、堀江立花通りの家具などはよく知られている。

日本橋の電気街などはさらに有名なのだが、道修町の武田薬品・塩野義製薬などとなると、日本を代表する一流メーカーである。

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難波橋から望む大阪証券取引所ビル

詳しくは省くことにするが、証券会社が集中して軒を並べるなどは、考えてみれば地方都市では考えられないことである。けれども戦後、現物株の東証集中によって大手の証券会社の多くは東京に本社を移転させた。

もう10年あまり前になるが、大和証券本社の東京移転では、NHK夜9時のニュースで特集を組んでの放送だった。あのハシャギぶりはなかった。私は本社移転など珍しくもないと思ったので、なぜ、ここまで大騒ぎするのかよく解らなかった。

しかし、あとから考えなおしてみて東京の心理が理解できた。嬉しかったのである。バブルのあととはいえ、今をときめく金融のトレーダーである。大阪からの移転にしても、普通の企業本社よりも重みが違ったのである。

Cimg8509

これは堺筋。

近代ビルもチラホラ散見されます。右のビルは高麗橋野村ビル。

Cimg8510

コスモ証券本社

野村証券や大和証券といった大手から東京移転が進んだのだが、堺筋の東側、証券取引所の並びにコスモ証券の本社がある。この会社は社名変更する前は「大阪屋証券」という名前だった。テレビのCMをよく流していたのでご存知の人も多いはずである。書籍の取次会社の大阪屋もあるが関連はない。

やはり、昔は大阪の名がブランドだったのだろう。思い返せば、大阪ビルヂングが「ダイビル」、大阪発動機が「ダイハツ」、大阪曹達が「ダイソー」、これは百円ショップではなくカセイソーダの会社である。大阪商船は、大阪商船三井船舶から、略称の商船三井が正式となった。

いずれも正統の漢字書きの大阪が外れた。どういうことなのか? 大阪の名にご威光がなくなった? 逆にいえばかつての大阪にはご威光があった。

これが、東京による大阪イメージの低下作戦の効果と言わずして、なんと言おう。

Cimg8504

北浜1丁目から淀屋橋方面を望む。左に野村証券があったのだが、最近見たら看板なかった気がした。

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